インタビュー:小池康博教授

【インタビュー】小池康博教授
「"非常識"を可能にする、光を操るこだわりの技術」


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小池康博(慶應義塾大学教授)

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聞き手:安井正人(KGRI所長、医学部教授)


 決して目には見えないが、私たちは日々膨大な情報をやり取りしながら生活をしている。高速通信を支えるネットワーク網は世界中に張り巡らされ、大容量のデータが絶え間なく行き来する。そして私たちの手元まで届いた情報は、もはや実物とも見分けがつかないほどに高精細な映像を映し出すディスプレイが可視化してくれる。

 現代の社会に欠かせない新たなインフラである超高速通信ネットワークを支える立役者の光ファイバー、そして情報を色鮮やかに明るく美しく映し出すディスプレイ。この一見全く違う2つのターゲットについて世界を驚かすような研究を進めているのが、慶應義塾大学教授の小池康博だ。

 ガラス製よりも高性能のプラスチック製光ファイバーに、全く色変化のないディスプレイ。まるで魔法を使って作り上げたかのような、常識破りとも思える研究の産物は一体どのような経緯で誕生したのか。そして、これからの社会に与えるインパクトをどう考えているのだろうか。小池教授に尋ねてみた。


分野を飛び越えた専門性をもつKPRI

 川崎市にある慶應義塾大学新川崎タウンキャンパス(通称:K2キャンパス)に、小池教授率いる慶應フォトニクス・リサーチ・インスティチュート(KPRI)がある。この組織は2009年度(平成21年度)の内閣府最先端研究開発支援プログラム事業(略称:FIRST)に研究が採択された際に作られたものだ。採択された研究課題である「世界最速プラスチック光ファイバーと高精細・大画面ディスプレイのためのフォトニクスポリマーが築くFace-to-Faceコミュニケーション産業の創出」が示す通り、ここで大きく行われている研究は2つある。1つは低ノイズかつ超高速伝送が可能なプラスチック光ファイバーの開発、もう1つが優れた画質、性能を誇る高精細大画面ディスプレイの開発だ。これらを駆使して大容量の情報をやり取りすることでまるで対面で行うかのようなコミュニケーションを可能にするというのが、KPRIの掲げるミッションだ。

 「KPRIは分野を飛び越えた専門性を持つところが、他の研究室との違いです。ここの専門は化学かといえばそうでもないし、光学でもないし、情報学でもない。材料を駆使して光を操ろうと30年やっている間に、このような形になりました」と、小池教授は話す。元々KPRIは慶應義塾大学理工学部・理工学研究科の附属研究所として設立された組織である。しかし、2020年の3月末をもって小池教授が理工学部を定年退職、翌4月から新たに大学教授となったことに合わせて、KPRIもKGRI内の研究プロジェクトとして再スタートを切っている。

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狙うは、情報の"毛細血管"

 現在一般的に使われているガラス製光ファイバーは情報の減衰率が小さく、長距離を無中継で繋ぐことが可能である。しかし接続する際には高い精度が求められる上、高価な装置が必要となる。一方プラスチック製光ファイバーは低価格で取り扱いは容易であるが、情報の減衰率が大きいため性能はガラス製に及ばないというのがこれまでの常識とされていた。

 「大量のデータを扱うデータセンターなどで光ファイバーを使用することを考えます。きっと、ほとんどのケーブル長は数十m程度でしょう。もしガラス製のものを使うとなれば、とても繊細な接続部からは少しのズレでもノイズが生まれます。各所で発生するノイズを取り除くには電気的なエラー補正をするために膨大な電力を使い、大量の熱も発生します。私たちの開発したプラスチック製光ファイバーは、この問題解決を狙っています」と、小池教授は力を込める。

 「KPRIで生み出した光ファイバーは、いわば人体でいう毛細血管のような役割を担えると期待しています。動脈や静脈という幹線を担うのはガラス製でいいのですが、末端をめぐる短く膨大な量のネットワークは私たちが生み出したプラスチック製光ファイバーに任せてほしいのです」。

 「専門的なデータセンターだけでなく、近い将来には私たちが目にするテレビの画質もフルハイビジョンから4K、8Kと呼ばれる超高画質へと変化するに違いない。ここでもプラスチック製光ファイバーは活躍する」と、小池教授は続ける。「今使われている金属製ケーブルだと、8Kの情報をやり取りするには太くなりすぎて、とても実用的ではありません。私たちのプラスチック製光ファイバーを使えば、100 GB/sの伝送速度を太さ5 mmのケーブルが可能にします。東京五輪の中継に向けて、これを利用した新4K8K衛星放送対応システムがちょうど製品化されたところです」。

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新たな研究を生み出したのは、逆転の発想

 小池教授がプラスチック製光ファイバーと出会ったのは30年以上前、まだ博士課程の学生だった頃まで遡る。当時のファイバーはたった数mしか光が通らなかったものだったと振り返る。「私の専攻は応用化学で、ファイバーとなる材料の合成で博士号を取ったのですが、どれだけ作っても光は通らないのです。原因は、光が通る経路で散乱してしまうことでした」。

 光の散乱が原因であるならば、光散乱を司る理論を理解すれば解決の糸口がつかめるに違いない、そう考えた小池教授は執念で光散乱理論を習得する。基本的な光散乱理論の理解をきっかけとして、1990年代には一気にプラスチック製光ファイバーの基本性能を上げることに成功したのだ。

 光散乱の理解は、別の研究への道も開くことになる。それがディスプレイの開発である。透明度を上げるために取り組んだ光散乱の理解だったが、逆に捉えると光を散乱させることで明るく光る材料を生み出すことができるはず、という発想の転換がもたらした副産物ともいえる成果だった。「光散乱を減らすことができるなら、光を効率よく狙った方向に散乱させることもできるはず、という考え方から生まれたのが光散乱導光ポリマーです。より薄く、均一に、明るく光る材料の開発も光散乱理論の理解から生まれた成果です」。

着実に目指す、社会実装

 近年は様々な場所にデジタルディスプレイが使われるようになった。街中のサイネージパネルやスマートフォン・タブレットのような平面のものだけでなく、自動車のフロントパネルや巻き取れるTVのように曲がった画面も登場しつつある。見られ方が多様になるからこそ、画質の安定性はより重要になる。「今のディスプレイは、斜めから見ると色が変わったり、たわみや温度変化で色むらが出たり、さらにはサングラスをかけたまま見る角度を変えたら画面が黒くなってしまったりします。これらの現象は作り出すフィルムを通過する光の屈折、反射、散乱をコントロールすることでなくすことができます。KPRIでは今、次々と実用化を目指したディスプレイ用フィルムが開発されています」と、小池教授は胸を張る。

 研究成果の社会実装に先駆けて、学内での実証実験も行っている。医学部では2012年にKPRIが生み出したプラスチック光ファイバーと高精細大画面ディスプレイを導入した。これまでは実際の医療現場で少人数相手にしか教えることができなかった実習や演習を、遠隔で遅延のない高精細な画像を用いて大人数に向けて実施することを可能にしている。また、2014年に完成した矢上キャンパスにある理工学部教育研究棟(34棟)には、研究や教育活動において様々な使い方がされることを想定して、全てのフロアにKPRIが生み出したプラスチック光ファイバーが張り巡らされている。

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狙うは、「サイエンスに裏打ちされた非常識」

 材料を巧みにコントロールすることで光の振る舞いを操り、様々な研究成果を世に送り出す小池教授だが、自分のことを器用だとは思っていないようだ。「生み出すものは違っても、私はただ材料を駆使してひたすらに光散乱をコントロールしようとしてきただけです。『フォトニクスポリマー』という言葉をよく使うのですが、これは私が作った造語です。英語的にはフォトニックポリマー、またはポリマーフォトニクスと呼ぶのが正しいのでしょうが、それでは前者か後者、どちらかに主従関係ができてしまう。私の背景がそうさせるのでしょうが、両者はイーブンだと言い張りたいがために、こだわっています」。

 化学と光学、どちらが主でもない研究を突き進めてきたからこそ、小池教授はこれまで何度となく研究の壁にぶつかっている。だからこそ、「初めからうまくいくなんてことはない」とこれからを担う若手に言いたいと、言葉に力を込める。「イノベーションという言葉をあちこちで聞きますが、安易に使われすぎているのではないでしょうか。そんなたやすく起こるものではありません。先生や他人がいいねというようなアイデア、すぐ腑に落ちるようなアイデアはイノベーションを産みません。イノベーションとは『サイエンスに裏打ちされた非常識』です。そのために必要なのは、裏打ちするためのサイエンスと、貫くための勇気、志の強さです」。

 イノベーティブな研究を社会実装するには、学際的な融合が必須となる。すでに世に存在している規格やサービスを提供する企業を相手に、どのように展開してくのかは文理融合の問題となる。KGRIという学際的な枠組みに参画したからこそ、小池教授は今後の展開に大きな期待を寄せている。「立場の全然違う人が、大きな課題の解決に向けてアイデアを出し合う場が欲しいですね。こちらが壁だと感じているところを向こう側からよじ登るような、全く視点の違う人との出会いを通じて、私たちの取り組みを前進させていきたいです」。


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撮影:石戸 晋

2020年10月16日 取材 ※所属・職位は取材当時のものです。