インタビュー:土屋大洋教授

インターネットの悪用から世界の安全をどう守るか


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土屋大洋(総合政策学部長、政策・メディア研究科教授)

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聞き手 安井正人(KGRI所長、医学部教授)


インターネットの世界、「サイバースペース」では、日常的にサイバー犯罪が起こっている。アメリカの大統領選挙では選挙介入が起こり、日本でも防衛産業の一角を担う企業がサイバー攻撃で情報を取られて被害を受けた。
「サイバー兵器を持つ人は今や、世界中に広がっています。誰が持っているかも、いつ攻撃するかも、攻撃されたことすらも分からない」
慶應義塾大学総合政策学部長、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)上席所員を務める土屋大洋教授(大学院政策・メディア研究科)は言う。

サイバースペースの安全を守るために国際社会はどのようなルール作りをしようとしているか。日本はどう対応するべきか。
「世界の安全保障環境に対してサイバースペースが及ぼす影響」についての研究や提言を評価され、第15回中曽根康弘賞優秀賞を受賞した土屋教授に話を聞いた。
聞き手は安井正人教授(KGRI所長、医学部教授)。

インターネットの広がりの中で

インターネットと国際政治。一見すると離れて見えるこのふたつの分野が結びつくのは、土屋教授が研究者のキャリアをスタートした1990年代後半からだ。
「当時はまだ、モデム経由で『ピーヒャラーガラガラー』とインターネットにつなげていたWindows95のはじまりの時代。研究者たちもインターネットは国際政治と関係ないと思っていた」と土屋教授は振り返る。
当初は日米摩擦を研究していた土屋教授だが、修士課程中に「インターネットは国際政治にどう関係するか」の研究を始める。
「1996年にアメリカでインターネットのポルノを規制する通信品位法が成立したとき、『検閲だ』『言論の自由に反する』という議論が起きているのを見て、インターネットは政治に結びつくと思った」

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その後、世界的なインターネット普及を背景に研究を進める中で、土屋教授は9.11に遭遇する。
「2001年は在外研究中でアメリカにいた。9月11日は学会でサンフランシスコにいて、帰る飛行機がなくホテルに缶詰めになっていた。ホテルのテレビを見ていると、FBIやCIA、NSAといった情報機関の報道がずっとやっていて、『なぜアメリカはテロを止められなかったのか』が議論されていた」
「情報機関やスパイ活動なんてそれまでハリウッド映画でしか見たことなかったし、日本の国際政治学の授業では教えられることもなかった。でもこうした報道を見ながら、これは何だろうと考えるようになった」
「同時に、これからはインターネットが悪用されるのだろうとそのとき直感的に思った。今回のテロも、テロリストたちがインターネットを使ってホテルや飛行機を予約したり、中東にいる仲間たちと連絡を取ったりしていたわけです」
インターネットの悪用を目の当たりにした経験から、土屋教授は、サイバースペースの安全を考える「サイバーセキュリティ」の研究に本格的に入っていく。

インターネットが分断を促進している?

インターネットの悪用はその後も増え続け、今ではサイバー犯罪は日々起こっている。サイバー攻撃も増えている。
「それまでのインターネットは、国境や政府体制を越えて世界をつなぐことを目指して作られたものでした。しかし今や、インターネットが私たちの頭の中をかき回し、何を考え、何を信じるかに介入する時代になってきました」
土屋教授は、2016年のアメリカ大統領選挙で起こったロシアの選挙介入を例に挙げる。選挙介入されたアメリカは、2018年の中間選挙のときに逆にロシアのネットワークに入り込み、それに危機感を覚えたロシアは自国のネットワークをグローバルなインターネットから切り離せるようにしたという。
「こうして世界の分断が促進されている。『グローバルで自由なアイデアを共有でき、科学を促進する』という当初期待されていたインターネットの役割も壊れてきている。これからの時代は、ネットワークをどう維持するか、または新しい別のものを作っていくか、という議論に移っていくでしょう」


国際社会とサイバースペースの今

サイバースペースの安全をどう守るかという議論は今、世界的に活発になっている。
土屋教授は2019年12月まで「サイバースペースの安定性に関するグローバル委員会(GCSC)」に日本代表として参加していたが、「国連でも民間でも多くの会議が開催されている」という。
「ただ、今の状態では、国際条約などの政策合意を作るのは難しいでしょう」と土屋教授。
「国によって考えていることが違いすぎる。中国やロシアは『サイバースペースの中で国家主権を確立することが重要』という。アメリカやその他の民主主義の国は、『人々を豊かにしてコミュニケーションを促進するメディアを維持するのが重要』と建前上はいうものの、水面下ではスパイ活動をしている」

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「今、サイバースペースは混乱状態にあります。中国・ロシアのような権威主義体制の国が検閲で国民の情報を吸い上げる一方、民主主義体制の国は、国民から強制的にデータを吸い上げられない」
「でもそんな中でもアメリカでは、私の博士課程の学生の研究によると、GAFAといったグローバルテック企業が顧客の情報を吸い上げている。ただGAFAが政府のいうことを聞いてくれるかというと分からない。ヨーロッパはGDPR(EU一般データ保護規則)を制定して要塞を作り、独自の道を歩もうとしていますが、その矢先にイギリスが離脱した。民主主義を成り立たせながらデータを活用して社会を変えていくのは困難です」
「地政学的、地経済学的な国際社会の論理は、サイバースペースにも反映されています。『サイバースペース』というと宙に浮いている場所だと考える人もいますが、サイバースペースは現実世界と乖離しているわけではないんです」


日本はどうするか

「サイバーセキュリティって、スパイの世界の話なんです。今、世界各国でサイバー軍やサイバー部隊が作られていますが、そこでは、宣戦布告のないまま相手の国の情報を盗むとか、いざ戦争になったときに使える脆弱性を探すとか、最新兵器の技術を盗むとかが日常的に行われています」土屋教授は説明する。

「その中で日本はどう対応するべきか。日本は、憲法9条で専守防衛、21条で通信の秘密が定められているので、攻撃や監視はできない。でもこのままでは、一方的に攻撃を受ける被害者になってしまう」
「こうした被害を受けたとき、アメリカやイギリス、中国、ロシアなどなら誰がやったか徹底的に特定するでしょう。アメリカは、自国を敵対視する中国・ロシア・北朝鮮・イランなどのネットワークに最初から入っていて、ずっと監視をしていますから」
「日本は、憲法の通信の秘密や不正アクセス禁止法があるので、ネットワークの監視をしていない。自衛隊にはサイバー防衛隊があるものの、防衛出動命令が出ない限り、自衛隊と防衛省のネットワークしか守らない。それでいいのだろうかという問題意識がありました」

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土屋教授は、2018年8月から12月にかけて政府の「安全保障と防衛力に関する懇談会」で、防衛大綱の見直しに関わった。
「そこで、陸空海のほかに、宇宙、サイバー、電磁波の6領域を組み合わせて防衛力を高める考え方が必要と話しました」
「防衛を一歩進めよう、という提言です。今までの戦争は、宣戦布告で始まっていた。でもサイバーの世界ではもうそういう戦争は起きない。今すでに被害が出ているし、大きな被害も予測される中で、日本も対策を急ぐべきではないのか」
「こうした提言も受けて、サイバー攻撃を受けて深刻な事態になったときには、防衛省は相手のサイバースペースの活動を妨げる反撃をできるようになりました」
「それを危険な考え方だという人もいます。攻撃に手を貸すべきではない、という人もいる。でももうそういう時代ではない。サイバースペースにおける攻撃と防衛は表裏一体です」


サイバーセキュリティ研究を担う次世代の人材を

サイバーセキュリティ政策に関与してきた経験を振り返り、「サイバーセキュリティの研究は、純粋なアカデミズムだけでは厳しい分野」と土屋教授は話す。とはいえ、政治的価値からある程度離れた視点を持つ研究者の役割は大きい。
「今後は日本でも、研究を担う人材のすそ野を広げ、国際的なプレゼンスを高めて研究を広げることが必要になってきます」

サイバーセキュリティの分野は人材不足と言われるが、「大学生に教えていても遅い。中学生くらいから、才能のある子たちを育てていかないといけない」と土屋教授。
「小中学生からサイバーに親しんでいる世代は、『悪いこと』をすることがある。著作権つきのコンテンツをダウンロードしたり、入ってはいけないところにアクセスしたり。でも、そういうことをして叱られたり処罰されたりしたときに、なぜそうなっているのかを考えて、能力をいい方向に使いたいと思えるようになることが大事です」
「そういう子たちに自分の能力を使いたいと思ってもらえるような場所を慶應で作れれば」という。
「私の所属する湘南藤沢キャンパス(SFC)には技術や政策の研究者がいる。理工学部のAI、電磁波も重要な領域。文系・理系という発想を飛び越えられるKGRIが、エンジニア的視点を持った研究者と、政策や戦略を考える研究者との接点となるとよい」

「KGRIでは、日中韓や、日本とEUのサイバーセキュリティの対話の会議も開いています。実は東アジアはサイバーセキュリティの『ホットプレイス』。いろんなことが起きている現場なんです。ですからここで会議を開いて世界に発信し、慶應を世界的なサイバーセキュリティ研究のハブにしていきたい」


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2020年2月7日 取材 ※所属・職位は取材当時のものです。