対談:満倉 靖恵 × 小久保 智淳

人間と技術の関係を『認知過程の自由』から考える


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考えるだけで機器を操作できるなど、"夢の技術"として注目を集めるBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)。人間の脳と機械を接続し、神経難病や脊髄損傷患者の生活をサポートするなど、大きな可能性につながる技術領域だ。その一方で、こうした技術の実装を進めるには近未来を想定し、技術のメリットとデメリットを冷静に議論する姿勢が重要だろう。

特に日本においては、人々の間で先端技術が漠然とした恐怖感と結び付き、科学的な理解が深まらないままとなっている。だからこそ、医学や工学、社会科学、哲学など、分野を超えた総合的な議論が急務ではないか。なかでも神経法学(neurolaw)と呼ばれる神経科学と法学の融合領域的研究は、神経科学技術の進展と規制のバランスを検討することで、よりよい社会のあり方を描く一助になるはずだ。

こうした危機感のもとに、BMIをはじめとする技術の研究を行う理工学部システムデザイン工学科の満倉靖恵教授と、科学と人々の懸け橋となるべく神経法学や「認知過程の自由」の研究を進める法学研究科の小久保智淳研究員が対談を実施。医工連携分野と神経法学、両分野の視点から、この問題について考えていく。

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満倉靖恵(みつくら・やすえ)
慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授、KGRI副所長。徳島大学大学院、東京大学大学院で学び、東京農工大学助教授などを経て、11年に慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科准教授、18年より現職。信号処理や脳波解析、AIによるパターン認識や印象解析などを用いて、生体信号や音声、画像から情報を抽出する研究を行う。現在は、考えただけで思考を通信できるシステムや、生体情報解析によるストレス検出などを重点領域として取り組んでいる。

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小久保智淳(こくぼ・まさとし)
慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程・研究員。1995年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修及び理工学研究科修了後、法学研究科へ。職歴に、2018年 慶應義塾大学博士課程教育リーディングプログラム(オールラウンド型)RA、19年 慶應義塾大学KGRI所員、21〜22年 東邦音楽大学・東邦音楽短期大学非常勤講師など。神経科学と法学の融合領域である神経法学、特に「認知過程の自由」を重点領域として研究を行う。

技術と人間の関係を考える融合領域「神経法学」

満倉靖恵:私は脳と機械をつなぐBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)や脳とコンピュータをつなぐBCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェイス)をはじめ、生体信号や音声、画像から情報を抽出する研究に取り組んでいます。こうした技術には今後の社会の発展を支える上で大きなメリットがありますが、一方で倫理的な問題が伴います。人間の脳を機械やコンピュータに接続することに対しても、抵抗感を覚える方が多いのが現状です。未来へ向けてこの技術を安全かつ有効に活用していくためには、倫理面における検討や法整備を進める必要がありますし、工学や医学に加えて法学や哲学など、分野を超えた領域横断的な視点に基づく議論が欠かせません。

小久保智淳:まったく同感です。私自身、そうした問題と向き合うために取り組んでいるのが、神経科学と法学の融合領域である神経法学(neurolaw)の研究です。その目的は、技術の発展のなかでどこまでを促進し、どこから先を規制するのかという問題を見据え、保護と規制のバランスを検討することで、より良い社会のグランドデザインを描いていくこと。法学というと多くの人が「規制につながる」という一面的なイメージを抱きがちですが、許容すべき範囲を定めることで技術の進展や社会的な実装を後押ししていくことも、法学的な議論の役割だと考えています。

満倉:法整備の遅れは日本にとって大きな課題ですが、そのためには議論から始めなければなりませんね。まず問わなければならないのは、「どんな目的のためにこの技術を使うのか」ということ。例えば、体を動かすことのできないALS(筋萎縮性軸索硬化症)の患者さんのために、考えるだけで動かすことのできる車椅子を開発することについては、社会的に"良いこと"だと見なされる。でも健康な人が"治療"の範囲を超えて"身体の拡張"を行う場合はどうでしょうか?


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脳波の解析によって、体が動かせない人でも思考による制御が可能な車椅子のイメージ図。

海外、特にアメリカではこうした議論が盛んに行われていますが、日本は世界に大きく後れを取っているのが現状です。つまり、漠然としたイメージだけが先行して、発展的な議論をする機会が余りにも少ない。このままでは健全な環境の下で研究を進めること自体が難しくなり、優秀な技術や研究者がどんどん海外へ流出してしまう。以上が私の危機感ですが、小久保さんはどんな視点から、この問題に向き合ってきたのでしょう?

小久保:実は私の原体験は、子どもの頃に大好きだった宮崎駿監督の映画『もののけ姫』です。両親いわく、5歳にして生意気にも「これからの時代は共生だね」と言っていたそうです(笑)。幼いながらに、"森とタタラ場"という相反する世界で、神々や動物たちと人間との懸け橋になろうと奮闘する主人公の姿に憧れていました。その想いがライフワークとして、今の研究につながっているように思います。

満倉:それは意外なきっかけですね(笑)。子どもながらに人間の技術と自然の関係、そこから生じる社会課題について考え始めたと。

小久保:はい。さらに視野が開けたのは、中学生の時のこと。生物の教師から勧められたiPS細胞の講演会で、生命科学の可能性に心惹かれたのです。これをきっかけに、科学の側面から"森とタタラ場"を共生させる方法を探求したいと考えるようになりました。高校時代には慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)の冨田勝先生のプロジェクトに研究生として参加し、オイル産生微細藻の研究に取り組みました。

ところが2011年の東日本大震災後、日本社会に科学不信の風潮が巻き起こり、先端技術が一緒くたに「怖い」というイメージで括られてしまう状況を前にして、大いに考えさせられました。どうしたら両者の間を取り持つことができるのだろうか......そう頭を悩ませていたところに出合ったのが法学でした。憲法とは、国民の自由を定め、社会の形を作るものです。そうした観点から、より良い社会のグランドデザインを描く方法を導いていけるのではないか。そう考えて、慶應義塾大学の法学部法律学科へ進みました。

BMI、自動運転車......先端技術と倫理の問題

満倉:自身の視点から、人間と自然、社会と科学という両方の世界に通じる道を見出したということですね。

小久保:はい。でも数年前に冨田先生にお会いした際、「文系と理系の懸け橋になろうと思います」とお話ししたところ、「まずは理系のこともしっかり究めなさい」とご指摘を受けました。その通りだと反省し、2018年には文理融合を目指す「博士課程教育リーディングプログラム」に参加しました。満倉先生にもご指導いただき、法学修士と理学修士のデュアルディグリーを取得しました。

私自身はこうした過程や研究の取り組みを通して、BMIの技術が人間を様々な制約から解放する可能性に触れてきました。実感としても、そうした未来がいよいよ近づいてきていると感じています。だからこそ、両方の世界と接点を持ちながら、どのようにしてより良い対話の機会を作り出していくかが、今の自分の課題になっています。


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満倉:問題なのは技術が進んでいく一方で、世間の認識が変わらないままになっていること。例えば、若者の間では仮想空間上のAIキャラクターやアバターなどの「デジタルヒューマン」が当たり前に受け入れられていますが、彼らは人間のように心を持った存在ではありません。では、デジタルヒューマンに人間の心を埋め込んだなら、彼らを人間と呼ぶことができるのか。こうしたことを世間を巻き込みながら、どんどんディスカッションしていかなければいけないと思います。

小久保:その先にあるのは、やはりELSI(Ethical, Legal and Social Issues/倫理的・法的・社会的な課題)の問題だと思います。脳の捉え方一つを取っても、心と脳とは同じものであると考える人がいる一方で、両者をまったく別物であると考える人もいます。哲学の分野ではこれを「心脳問題」といいますが、こうした問題は非常に根深く、それだけに多くの視点から十分に議論をしていかなければなりません。

また、ハーバード大学の政治哲学者、マイケル・サンデル教授は、治療とエンハンスメントの境界の曖昧さを指摘しています。"治療"とは損なわれた機能を一定の水準にまで"回復" させることであり、他方で"エンハンスメント(増進的介入)"はその基準を超えて、肉体や精神の機能を増強することだというのが、一般的な見方です。しかし、この"一定の水準"の恣意性も指摘されていますし、また、施す内容それ自体は同じだとすれば、両者の差は一層曖昧なものとなります。「技術が追い付いていない」という理由だけでこうした議論を避けてきたのが、今の日本の状況ではないでしょうか。

満倉:まさに、ここを何とかしないといけません。私たち研究者にとっても法整備の課題は、重要な関心事の一つです。今後、人間と機械の関わりが深まるなかで「自分とは何か」「どこまでが人間なのか」ということが、必ずや問われてくるはずですから。


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小久保:まさしく近年では「自己」を拡張することで、"自己"と"他者"の境界が揺らぎつつあると思います。例えば、義手が"体の拡張"だといえるなら、記憶しきれない情報をパソコンに記録するのは"心の拡張"に相当するかもしれない。あるいは、BMIやBCIで認知過程が他者やAIと接続される可能性も指摘されています。そうなった場合、自己の境界線はどこにあるのか......。技術の発展や社会の変化をふまえて、人間という存在のあり方や「人間原理」それ自体を捉え直していかなければならない時期に来ていると思います。

満倉:その点で自動運転車は、わかりやすい例ですね。自動運転車の事故が起きた時、どこまでが運転者の責任で、どこからが機械の責任なのか。条件は完全自動運転の場合と、セミオートの場合でも変わってくる。まだ結論が出ていない問題ですが、同様の問題は今後、人間の身体や心を拡張していくなかで数多く浮かび上がってくるでしょう。

小久保:こうした問題と関連して、今私が主に研究しているのが「認知過程の自由(cognitive liberty)」という新しい自由概念です。人の認知過程を明らかにしたり、その過程に介入することを対象とする自由です。しかし、そもそも認知過程への干渉が"心に触れる"ことになるのかどうかを議論するには、哲学なら心身二元論や心脳問題、科学なら認知神経科学など、様々な学問領域の知見を参照する必要があります。つまり融合領域的な研究を行わない限り、最先端の科学技術をどう受け止めれば良いかさえ、定まらないままになってしまうでしょう。

例えば、人の内心は他者の言葉や芸術に触れることでも変わりますが、その変化と電気や磁気などの刺激で引き起こされる変化との間に、どこまでの差異があるのか。そういったことへの理解を深めるためにも、融合領域的研究が必要だと思います。もちろん、守るべきものは守らなければなりません。しかし、わからないままいたずらに恐れるだけでは、その技術の持つ可能性、その先にあり得る豊かな未来さえも潰してしまうかもしれないからです。

幸せな社会を導くには、分野を超えた議論が必要

満倉:私の研究でいえば、BMIやBCIはこれからの高齢化社会に向けて、多くの人の意思の疎通や生活を支える手段になっていくはずの技術です。ところが、「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を上げて、誰もが幸せになるための技術ですよ」と説明をしても、頭の中にインプラントを設置するという話になると、「そんなことは人道的に許されない」という話になる。技術の目的を定めてきちんと扱えば、苦しみから解放される人がいて世の中をより良くできるはずなのに、想像する余地すら閉ざされている状況です。


(動画)慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科満倉靖恵研究室 脳波を中心とした生体信号処理技術の研究

小久保:人間は未知の技術に対して「怖い」と思う感情が強いため、歴史を振り返っても「ラッダイト運動」(産業革命期のイギリスの労働者による機械打ち壊し運動)など、どうしてもそれが先に表れてしまう。しかし、新技術に正しく向き合うためには、冷静にその技術の可能性と内在する課題の双方を把握しなければなりません。つまり、分野を超えた総合知が必要です。そして、"あるべき未来"を想定し、そこから現在へとバックキャスティングの視点で考えていく。さらに、社会のコンセンサスとして「ここまではOK」というラインを設定する必要があると思います。

満倉:同感です。かつては飛行機のような"鉄の塊"が空を飛ぶことを信じない人もいたわけですが、それが今や常識として根付いている。「脳に刺激を与えるなんて、考えるべきではない」と思う人に対しても同じように、意識が変わる流れを作っていかなければなりませんね。なんといっても、日本は世界で最初に超高齢化社会を迎える国。見方を変えれば、これは日本が世界を牽引できる大きな機会でもあるわけですから。

小久保:実際に、再生医療の分野に於いては日本の倫理基準が「ジャパンモデル」と呼ばれています。神経科学の分野でも、同じようなモデルを生み出したい。それが私の野望です。


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満倉:素晴らしいですね! その意味でも、この世の中には先端技術に限らず、知られていない事実がたくさんあります。その一つが、ホルモンの変動が心身に及ぼす影響です。女性だけの話だと思われがちですが、実は男性にもホルモンの周期があり、さらに更年期も存在するんですよ。単なる不調だと思われていた症状が、実は男性更年期によるものだった......ということがわかってきたものの、まだまだ知られていないのが現状です。

小久保:それは知りませんでした......! 技術の発展によってこれまで見過ごされてきた様々な予兆や事象を捉え、健康的な生活を送れるようになるのなら、素晴らしい話だと思います。

満倉:そうなんです。私が構想しているのは、指輪型センサーを活用すること。例えば、ホルモンの影響で不調な時期はきちんと休み、好調な時期にパフォーマンスを発揮するというように、自分の固有のバイオリズムに合わせた働き方や暮らしができないか。さらに、このセンサーを小学校の生徒に配布すれば、自分の体の状態を知ってもらうことで、将来的な教育の一助にもなるはずです。うつ病だと思われている症状の原因が実はホルモン変動の影響だったというケースも、かなりの割合で見つかっていくのではないかと考えています。

小久保:技術ありき、社会実装ありきの考え方ではなくて、未来の社会や、一人ひとりのQOLを高めるために何ができるのか。そこから始めようという姿勢がとても重要だと思います。そのためにも、今起きていることを客観的に把握して、議論していく仕組みを築いていかなければ......。あらためてそう感じました。

満倉:人間と自然、文系と理系の懸け橋になるという想いに向けて、着実に階段を上がっているところですね。ぜひ小久保さんのような方に、分野を超えた対話を促す役割を担ってほしい。医学から経済、芸術まで、すべての分野がつながったら、本当に素晴らしいことだと思います。


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小久保:ありがとうございます。何よりも「このままではいけない」という危機感が、私の原動力になっています。AIにおけるユートピア論とディストピア論のように、何も対策を講じなければ、科学技術をいたずらに恐怖するか、あるいは手放しで賞賛するかの両極化が進んでしまうかもしれない。未知の技術に直面した際に、そういった極論に陥ることなく、その技術を我々の未来を切り拓く術として上手に活用していくためには、分野の壁を超えた総合知の実現が何よりも重要になってくるはずです。

内閣府の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」にも「自然科学と人文・社会科学を融合した『総合知』」という記載がありますが、これを実践するには幅広い視点からそれぞれの分野の言語を翻訳し、架橋する人材が必要だと思います。そして、人文科学、社会科学と自然科学が共にあるべき未来を描き、進んでいくことが大切ではないでしょうか。そのような未来の実現に、少しでも貢献できる人間になれるよう、これからも努力していきたいと思います。

2021年11月5日 矢上キャンパスにて実施
※所属・職位は実施当時のものです。