音楽科学研究センター

 

センター概要

音楽科学研究センター(Research Center for Music Science: RCMuS)は、音楽を科学的に研究することを目的としたセンターである。音楽の未知のために、未知の音楽のために ー For the Future of Music, For the Music of the Futureー 」の理念のもと、音楽の起源や進化、音楽の普遍性や多様性、音楽が知覚・認知・生成・創造される原理、音楽が生物の脳・心・身体にもたらす効用、音楽が個人・集団・社会に及ぼす影響などを科学的に解明し、得られた知見を世に還元することを目指し、音楽科学に関する研究・教育を推進する。

2025年度事業計画

■前年度より継続する活動内容について、継続する背景・根拠と目標

2025年度も、前年度の研究成果を踏まえ、JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)、NEDO「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、JSPS科研費 学術変革領域研究(A)「マテリアマインド」などの既存プロジェクトを継続的に推進する。JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「若者の生きづらさを解消し高いウェルビーイングを実現するメタケアシティ共創拠点」では、音楽がどのようにして若者の心にポジティブな影響を与え、ウェルビーイングを向上させるかを科学的に解明し、その知見に基づいた新たな音楽コンテンツの研究開発を行う。NEDO「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、体性感覚・聴覚インタラクションに基づく運動支援プラットフォームの構築とパーキンソン病患者の歩行障害の緩和に向けて、スマートフットウェアを用いたインタラクティヴな音楽身体化システムの研究開発を推進する。JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)では、多感覚グルーヴ感創発の機序解明と音楽芸術表現への応用に関する研究を推進し、音楽の科学的探究とアート表現を融合する。JSPS科研費 学術変革領域研究(A)「マテリアマインド-物心共創人類史学の構築における認知科学と人類史学との協働による創造的人工物生成過程の解明」では、物心共創の観点から音楽芸術と人類の情動の起源を解き明かすことを目指して研究を推進する。これら研究プロジェクトの具体的推進を起点としつつ、設置理念を踏まえた音楽科学研究を広く展開し、国内外における音楽科学を先導する。

■2025年度の新規活動目標と内容、実施の背景

2025年度、新規活動目標として、順天堂大学、宮崎大学、東京大学等と協力し、国内最大規模の多施設共同研究による脳波コンソーシアム(Asian Consortium of EEG studies in Psychiatry: ACEP)の枠組みを活かした音楽科学研究を積極的に推進する計画である。多様な音楽経験を有する人々の脳波データを取得し、個人の音楽経験や洗練度と安静時脳波データの特徴量の関連性や、音楽刺激が脳波活動に及ぼす影響等を分析する。また、横浜市立大学 J-PEAKSとの連携を活かした音楽神経科学研究も積極的に推進する。これらを通じて、音楽を活用したメンタルヘルス改善の新たな可能性を探り、音楽科学と神経科学の融合による新しいウェルビーイング支援技術の研究開発を行う。

2024年度事業報告

■当該年度事業計画に対する実施内容、および研究成果と達成度

概ね設置目的に基づき計画通りに研究・教育活動を推進し、以下の各プロジェクトについて進捗を得た。JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「若者の生きづらさを解消し高いウェルビーイングを実現するメタケアシティ共創拠点」では、音楽がどのようにして若者の心にポジティブな影響を与え、ウェルビーイングを向上させるかについて研究開発を進め、新たな音楽コンテンツの研究開発としてイヤホン型脳波計を用いた「鳥肌感を増幅する脳波選曲システム」を開発し、その効果について検証した成果をbioArXivに公開した(Kondoh et al., 2024)。また、ドラマージストニアの研究を推進し、下肢ジストニア症状の発現に伴う演奏パフォーマンス、筋電図活動、筋シナジーの変化を明らかにした(Honda et al., 2024; Sata et al., 2024)。NEDO「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、体性感覚・聴覚インタラクションに基づく運動支援プラットフォームの構築とパーキンソン病患者の歩行障害の緩和に向けて、スマートフットウェアを用いたインタラクティヴな音楽身体化システムの研究開発を推進し、歩行データに応じて音楽をリアルタイムにフィードバックするWebベースのシステムのプロトタイプを開発した。JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)では、多感覚グルーヴ感創発の機序解明と音楽芸術表現への応用に関する研究を推進した。音楽のグルーヴ感に関する心理学・神経科学的研究の体系的レビュー を行い、グルーヴ体験の神経メカニズムを整理し、今後の研究の方向性を提示すと共に(Etani et al., 2024)、熟練ドラマーのグルーヴリズム演奏を自動生成するリザバー神経回路モデルを開発した(Kawai, Fujii, & Asada, 2024)。JSPS科研費 学術変革領域研究(A)「マテリアマインド-物心共創人類史学の構築における認知科学と人類史学との協働による創造的人工物生成過程の解明」では、物心共創の観点から音楽芸術と人類の情動の起源を解き明かすことを目指して研究を推進しており、今年度はポジティブな記憶想起が管楽器演奏時のパフォーマンス向上に及ぼす影響に関する研究(Watanabe et al., 2024)や、オペラ歌唱の総合評価を説明する下位評価尺度や音響特徴量に関する研究(Kondo et al., 2024)について、成果をbioArXivやPsyArXivに公開した。以上のように、本年度の事業計画は概ね順調に進捗し、各プロジェクトで着実な成果を達成することができた。

■公刊論文数(件数と主たる公刊誌名)、学会発表件数(国内・国際)、イベントなど社会貢献の実績(年月日、場所)

2024年に16本の英字論文を発表した。特筆すべきは、Nature Human Behaviour, Science Advances, Translational Psychiatry, Frontiers in Neurology, Neuroscience and Biobehavioral Reviewsなどの査読付き国際的学術誌に掲載された点である。 Nature Human Behaviour 誌上には、リズム知覚生成に関する大規模国際比較を行いその文化的普遍性と多様性を明らかにした成果を発表した(Jacoby et al., 2024)。Science Advances 誌上では、音楽と発話の音響特性を比較することで、音楽の進化的特性に関する新たな視点を提供した(Ozaki et al., 2024)。Frontiers in Neurology 誌上では、下肢ジストニア症状を罹患したドラマーの演奏パフォーマンス、筋電図活動、筋シナジーについて解明した成果を発表した(Honda et al., 2024; Sata et al., 2024)。Neuroscience and Biobehavioral Reviews 誌上では、音楽のグルーヴ感に関する心理学・神経科学的研究のレビュー を行い、グルーヴ体験の心理メカニズム・神経メカニズムについてまとめた成果を発表した(Etani et al., 2024)。さらに、bioRxivやPsyArXiv にも複数の研究成果を発表し、公刊論文化が進行中である。学会発表の成果としては、18件の国際学会発表、5件の国内学会発表 を実施し、音楽科学に関する最新の研究成果を広く国内外に発信した。国際学会発表の成果としては、The Neurosciences and Music - VIII(フィンランド)、SMPC(カナダ)、ICIS(スコットランド)、 ASSC(東京) があり、The Neurosciences and Music - VIII では、統合失調症患者のリズム処理とイヤホン型脳波計を用いたニューロフィードバック技術(Fujii, 2024)、神経メラニン濃度とグルーヴ体験の関連性(Etani et al., 2024)、閉ループ型ブレイン・ミュージック・インターフェースによる鳥肌感増幅(Kondoh et al., 2024)などの研究成果を発表した。SMPC(カナダ) では、精神疾患と音楽報酬の関係について発表した(Homma et al., 2024)。ICIS(スコットランド) では、乳児の音楽への反応に関する研究発表を行なった(Ueda et al., 2024)。国内では、日本音楽知覚認知学会、Motor Control研究会、日本認知心理学会などの学会で発表を行い、日本音楽知覚認知学会では統合失調症患者の音楽報酬感に関する研究(本間 et al., 2024)、Motor Control研究会では聴覚-運動ペア刺激が音楽家の皮質脊髄路興奮性に与える影響(佐田 et al., 2024)等について発表した。社会貢献の面では、研究成果を広く一般社会に還元する活動を行なった。例えば、NHK「チコちゃんに叱られる!」(2024年12月6日放送) において、音楽と脳の関係について解説し、音楽科学の魅力を幅広い視聴者に伝えた。その他、大阪中之島美術館におけるデジタル曼荼羅アートとライヴ音楽パフォーマンス、JSTさきがけの成果を活かしたTEDxKeio 2024 や日本機械学会スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門年次会特別講演でのヴィジュアル音楽ライヴパフォーマンスなど、音楽科学と芸術表現の融合活動にも積極的に取り組んだ。さらに、ドラマージストニア研究や声でドラムを演奏するシステムの開発に関する成果については、朝日新聞や日本テレビなどのメディアにも取り上げられ、大きな社会的な関心を集めた。

■センター活動を通じて特に成果を挙げた事柄

Nature Human Behaviour, Science Advances, Frontiers in Neurology, Neuroscience and Biobehavioral Reviews に掲載された論文は、音楽の知覚・認知、リズム処理、神経科学、運動科学の分野において重要な知見を提供し、国際的な学術的インパクトを生み出した。Nature Human Behaviourでは、リズム知覚生成の文化的普遍性と多様性を大規模な国際比較により明らかにした(Jacoby et al., 2024)。Science Advances では、楽曲や楽器メロディが発話よりもピッチが高く安定していることを示し、音楽の進化的特性に関する新たな視点を提供した(Ozaki et al., 2024)。Frontiers in Neurology では、ドラマージストニアのパフォーマンスや筋シナジーの特徴を明らかにした(Honda et al. 2024; Sata et al., 2024)。Neuroscience and Biobehavioral Reviews では、グルーヴ感に関する研究動向や心理メカニズムを体系的に整理 し、今後の研究の方向性を提示した(Etani et al., 2024)。これらの成果は、音楽の知覚・認知、運動制御、神経科学において重要な知見を提供し、RCMuSの学術的貢献を国際的に示すものであった。

SDGs

3. すべての人に健康と福祉を 3. すべての人に健康と福祉を
4. 質の高い教育をみんなに 4. 質の高い教育をみんなに
8. 働きがいも経済成長も 8. 働きがいも経済成長も
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
10. 人や国の不平等をなくそう 10. 人や国の不平等をなくそう
11. 住み続けられるまちづくりを 11. 住み続けられるまちづくりを
16. 平和と公正をすべての人に 16. 平和と公正をすべての人に
17. パートナーシップで目標を達成しよう 17. パートナーシップで目標を達成しよう

設置期間

2024/12/21~2027/03/31

メンバー

◎印は研究代表者

氏名 所属研究機関 職位 研究分野・関心領域
◎ 藤井 進也 環境情報学部 准教授 音楽神経科学
川原 繁人 言語文化研究所 教授 音声学
サベジ パトリック 環境情報学部 准教授 計算比較音楽学
脇田 玲 環境情報学部 教授 アート・ヴィジュアライゼーション
内田 裕之 医学部 教授 精神神経科学
中島 振一郎 医学部 専任講師 精神神経科学
川畑 秀明 文学部 教授 神経美学
粂川 麻里生 文学部 教授 文化史・ポピュラー音楽
魚住 勇太 政策・メディア研究科 特任講師 コンピューターミュージック
小林 良穂 政策・メディア研究科 特任講師 音楽音響プログラミング
鵜野 裕基 政策・メディア研究科 特任助教 バイオメカニクス・身体運動科学
近藤 聡太郎 環境情報学部 訪問研究員(日本学術振興会) 音楽とリズム