観想研究センター(SU)

 

センター概要

近年、教育・医療・福祉・経営・政治等の様々な分野において「観想的実践」 (Contemplative Practice)の重要性が注目されている。観想的実践は、心身の統合を基盤とし、身体感覚への気づきと、あらゆるものとのシステミックな相互依存性への気づきを育み、明晰かつ倫理的な意識決定のもと創造的社会環境に向かうための、様々な学びの技法や文化的習わしを指す。本センターは、ウェルビーイング、創造性、社会的変容を促し支えるための <観想的実践の研究・教育(Contemplative Studies/観想研究)> の拠点として、国内外で教育プログラムやワークショップおよびアートイベントを提供し、観想的アプローチの学際的研究を理論的かつ実証的に推進する。観想研究は、科学的アプローチと主観的経験および多様な文化からの古来の叡智を統合する学際分野であり、身体化された統合的知を重視する。本センターは日本での観想研究のグローバルハブとなると同時に、世界的に展開する観想研究の日本の拠点として、特に日本の思想文化や風土と観想のかかわりを研究対象とし、独自の創造・発信を目指す。

2025年度事業計画

■前年度より継続する活動内容について、継続する背景・根拠と目標

①観想教育の理論と実践及び社会実装
前年度に引き続き、SEE Learningのプログラム開発と実装を行う。2025年度は、小学校カリキュラムの翻訳を行い、パイロット校での実施とその実証研究を行う。より日本の文脈に合う形での実施について、共同研究を引き続き行いつつ、アジア他国のSEE Learning支部との共同研究も開始する。東洋哲学と観想教育の対話を、研究会及び授業で引き続き探求する。
スタンフォード大学スティーブンマーフィー重松博士との観想教育プログラム開発も、前年度に企画しているものを実施に移し、その学びのプロセスの検証をするための活動を引き続き行う。
②カーボンニュートラルとウェルビーイングを実現するアートと場づくり
前年度に引き続き、アートを観想的実践として、さらに研究手法として取り入れた観想研究を展開する。Contemplative Artsに関する国際シンポジウムに向けて、日本の藝道の研究を推進し、その研究の方法論としてオートエスノグラフィーや一人称研究を深める。さらに、経験美学とイメージの研究との連携を試みる。
③医療分野との連携の研究活動も、研究デザインの段階にとどまっているため、実施と検証を目指す。具体的には、医師 波多野都と稲葉俊郎
構成員を中心に、日本各地の温泉地でのヘルスリトリートプログラムをデザイン・提供し、その効果や主観的経験を検証する。
④Art for Mother Oceanの研究をMSEASとの連携でさらに発展させ論文の出版を目指す。人と海の関係性、あるいは「水」と関わり合う観想的実践について、人類学的・社会学的・教育学的・経済学的研究を深める。

■2025年度の新規活動目標と内容、実施の背景

①エモリー大学が開発実装しているCBCT(Cognitively Based Compassion Training)という8週間のコンパッショントレーニングのプログラムを、観想研究センターから学生、一般参加者、企業向けに提供し、実証研究を行う。その過程で「コンパッション」と「観想」の関係性や、「コンパッション」の社会的・環境的意義について明らかにする。
②内観に関する国際共同研究の実施:日本独自の観想的実践でありながら、国外での方が研究が進んでいる領域として挙げられる。共同比較研究を通じて、各国での受容と自己観について調べ、①のコンパッション研究にも生かす。
③日本の風土と文化に根差す観想的実践として湯治に着目し、稲葉俊郎特任教授を中心に、学際的に研究を行う。
④観想研究の理論的・方法論的基盤を確立する。従来の客観的方法論に加えて、一人称・二人称の方法論を兼ね備えた研究手法が必要となるため、方法論に関する研究会を定期開催する。書籍あるいは報告書の出版を目指す。同時に観想研究・観想教育の授業(寄付講座)をデザインし、提供する。
⑤エモリー大学のSocial Empathy Labと連携し、間主観的経験としての「共感」について、及び身体化された学びについて、定期的な研究会にて議論と実践を深め、論文出版や共同ワークショップ開催を目指す。
⑥観想研究の一領域としてのイメージ学の研究に坂本泰宏特任准教授を中心に着手する。具体的には、イメージ、文字、音、数値世界を人文学的(文化学・イメージ学)視点から考察し、またその記号・コード化の実践を通してイメージとイメージの間隙、文字や音と記号の間、そして無数の数値データ網の繭のなかに息づく、職人や芸術家によるってコード化された「思考する手」の記憶を「ヒトとコードの間に芽生える認識論」を探るための科学的考察対象として分析し、その成果を社会実装する。

2024年度事業報告

■当該年度事業計画に対する実施内容、および研究成果と達成度

2024年度の計画で挙げていた5点について、実施状況を以下に示す。

  1. 2024年4月 ホームページ開設. SEEラーニング日本版教材の開発と提供
    →ホームページを開設した:ccs.keio.ac.jp
    →SEEラーニング中学校カリキュラムの日本語版の検討と概念の翻訳を、共同研究員 斎藤弓・藤野正寛・ 構成員
    松原正樹とセンター長井本由紀で研究チームを組み、実施した。翻訳試案を、SEEラーニング研修会に参加している学校教員に共有し、パイロット実施と聞き取り調査を行った。
  2. 2024年8月 SEE ラーニング教育者向け研修会実施
    →8月より毎月、「深める会」と名付け、教育者向けの研修会を実施している。共同研究員内田範子らがファシリテーターを務め、共同研究員 藤野正寛、構成員 松原正樹、センター長井本由紀も毎回参加し、振り返りを行い、参与観察調査を行っている。
    →10月より毎月、「触れる会」と名付け、教育者向けのSEEラーニング説明会を実施している。共同研究員 蒲原慎志が、ファシリテーターを務めている。
  3. Keio-Stanford LifeWorks Programとして葉山町・北杜市・中津市でフィールドワーク実施
    →プログラム実施に向けて、共同研究員 スティーブンマーフィー重松、内田範子、濱田織人、センター長 井本由紀 で茶道を取り入れた観想教育プログラムをデザインした。2024年11月に、世田谷区「シェア奥沢」で、LifeWorks
    Programの交流会・体験会を実施。各フィールドサイトで、リトリート型プログラムとしての実施は、2025年度に予定。
  4. 2024年6月-2025年3月 観想的カーボンニュートラルアートイベントの実施と実証
    →2024年6月 MSEAS国際会議にてArt for Mother Ocean実施。学会発表も行い、杉本・井本・松島で共著論文に取り組んでいる。
    →2024年7月12日-14日に、北杜市で、観想的アートイベントを実施(CBCTのリトリート、コンタクトインプロビゼーションWS、高橋望 バッハとシューベルトピアノコンサート)
    →2024年11月30日-12日1日 北斎たんけん隊@湘南国際村 カーボンニュートラルアートイベントを神奈川県との共催で実施。報告書を発表した。
    →2024年9月-12月 るんびいに美術館にて観想的アート「生命が光に変わる体験シアター「あなたのいのちが光なら」」実施。エモリー大学とのコンパッションと共感に関する共同研究に発展している。
  5. 2025年3月 観想教育研究国際ワークショップ実施
    →2025年3月6日-7日に鎌倉にて実施予定(プロジェクト報告と対話・次年度構想)

以上、3.は着手しつつも未実施であるが、他は全て達成しており、基礎研究・実装研究で成果が出ている。実証研究に関しては、質的調査を主に実施しており、効果検証は次年度に実施することになった。

■公刊論文数(件数と主たる公刊誌名)、学会発表件数(国内・国際)、イベントなど社会貢献の実績(年月日、場所)

公刊論文件数:15
主たる公刊誌名:
Mindfulness, Scientific Reports, Frontiers in Psychology, Psychiatry and Clinical Neurosciences, Behavior and Information Technology, Psychiatry and Clinical Neurosciences, Ethos, Energy Proceedings, Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour, International Journal of Agile Systems Management, Expert Systems with Applications, Cognition and Emotion, 慶應義塾大学文学研究室独文学研究年報.

学会発表件数:国内23・国際16
イベントなど社会貢献の主な実績:
MSEAS海洋社会科学国際会議にて観想研究ワークショップと展示Art for Mother Oceanを実施/主催者は構成員・杉本あおい (パシフィコ横浜・2024年6月7-8日)、
日本ホリスティック医学協会主催 エネルギー医学フォーラム'24「意識と気づきを巡って」 共同研究員・小笠原和葉WS実施(2024年7月15日)
「AI時代におけるアートの役割を考える」対談 構成員 新妻雅弘と稲葉俊郎(SDM研究科日吉キャンパス・2024年7月28日)、
「瞑想/観想を東西からみる」ワークショップ、基調講演 共同研究員・スティーブンマーフィー重松 (東京大学駒場キャンパス、2024年10月6日)、
日本公衆衛生学会総会/基調講演ワークショップ 共同研究員・スティーブンマーフィ重松 (2024年10月30日)、
日本アーユルヴェーダ学会東京総会/基調講演 構成員・稲葉俊郎 (2024年11月2日-3日)、
日本仏教心理学会年次大会/基調講演 構成員・スティーブンマーフィー重松 (京都市、2024年11月16日) 日本マインドフルネス学会年次大会/大会長 構成員・佐渡充洋教授、招待講演 センター長・井本由紀 (慶應大学三田キャンパス 2024年11月26日・27日)、
北斎たんけん隊2024/芸術監督は構成員・稲葉俊郎(湘南国際村センター 2024年11月30日-12月1日)、
CBCTリトリート型ワークショップとアートイベント開催(北杜市2024年7月12日-14日)
エモリー大学Dietrich Stout 講演会(慶應大学日吉キャンパス2024年8月1日)、
エモリー大学小澤デシルバ慈子と上智大学 島薗進 対談イベント (慶應大学三田キャンパス 2024年12月21日)、
エモリー大学Brendan Ozawa-de-Silva講演会(慶應大学日吉 キャンパス2025年1月9日)、
生命が光に変わる体験シアター「あなたのいのちが光なら」/共同研究員・松島宏佑制作(るんびいに美術館 2024年9月15日-2025年1月20日)
中部経済同友会 教育を考え行動する委員会主催/基調講演・センター長 井本由紀 2025年2月5日、
SEEラーニング「深める会」教員研修実施(2024年8月から毎月オンライン開催)、
SEEラーニング「触れる会」教員向け説明会実施(2024年10月から毎月オンライン開催)

■センター活動を通じて特に成果を挙げた事柄

観想研究センターでは次のような目的を掲げている:「ウェルビーイング、創造性、社会的変容を促し支えるための<観想的実践の研究・教育 (Contemplative Studies/観想研究)>の拠点として、国内外で教育プログラムやワークショップおよびアートイベントを提供し、観想的アプローチの学際的研究を理論的かつ実証的に推進する。観想研究は、科学的アプローチと主観的経験および多様な文化からの古来の叡智を統合する学際分野であり、身体化された統合的知を重視する。本センターは日本での観想研究のグローバルハブとなると同時に、世界的に展開する観想研究の日本の拠点として、特に日本の思想文化や風土と観想のかかわりを研究対象とし、独自の創造・発信を目指す」。2024年度は、この目的の通り、様々な観想教育プログラムやワークショップ、観想的アートイベントを実施し、学際的で多様な背景のメンバーが多く集まり、観想研究のグローバルハブとしての役割を果たした。特に成果を挙げた点としては、SDM研究科との連携により、観想的実践が個人のウェルビーイングのみならず、システムレベル・地球環境レベルでのウェルビーイングに密接に関わるという議論が発展し、さらに「個人のウェルビーイング」の前提そのものを問い直す哲学的・人類学的議論を深められたことが挙げられる。また、当センターの特徴として、アートを研究手法あるいは研究対象として取り入れている研究者や実践家が多く、観想研究におけるアートベースリサーチの役割を示すことができている。さらに特筆すべき点として、エモリー大学とスタンフォード大学との密接なグローバル連携が挙げられる。次年度発表に向けて、いくつかの共著論文や共同イベント企画に取り組んでおり、教育プログラムの開発も今後さらに展開していく。海外からの当センターへの注目は高く、内観研究と湯治研究の国際共同研究が展開し始めている。

2023年度事業報告

■当該年度事業計画に対する実施内容、および研究成果と達成度

2023年3月7日に、三田キャンパスにて国際シンポジウム「AI時代における心の教育 - コンパッションに基づく倫理の日本的展開」を開催した。基調講演者として、ペンシルバニア州立大学のロバート・ローザー教授(発達心理学・教育学)、エモリー大学の小澤デシルバ慈子教授(文化人類学・日本研究)、エモリー大学のロブサン・テンジン・ネギ教授(観想科学)、上智大学の西平直教授(教育哲学)を招聘し、教育を根本的に捉え直すための哲学・社会科学・臨床・そして教育プログラムの実装についての議論を重ねた。「観想教育」というキーワードをもとに、これまでの観想教育研究の概観し、その具体例としてのエモリー大学のSEEラーニングプログラムに着目し、SEEラーニングや観想教育を日本で導入する際の視点について多角的に検討した。120名の国内外の研究者・アーティスト・実践家・教育者が参集し、身体的なワークの時間も取り入れた対話的な場づくりは、今後観想研究センターで展開する協働的活動の第一歩の場となった。シンポジウムの成果は、動画としてホームページで配信するほか、報告書あるいは書籍としての出版を予定している。3月8日には、シンポジウム登壇者との交流を深めるために、葉山にて禅僧藤田一照師の指導による坐禅とボディワーク、および観想研究者との対話を半日のリトリート形式で実施。3月9日と3月10日には、SEEラーニングを日本の学校教育へ取り入れる実践研究の取り組みとして同プログラム開発者であるロブサン・テンジン・ネギ、ブレンダン・オザワデシルバ、ツゥンドゥ・サンフェルの3名を講師として、教育者向けワークショップを開催した。教育者向けワークショップには85名の教育者が参加し、2024年度のSEEラーニングの日本での展開における課題と具体的なアクションプランを捉える機会となった。教育者向けのアンケート調査と現場観察による結果を、論文および報告書にまとめる予定でいる。

■公刊論文数(件数と主たる公刊誌名)、学会発表件数(国内・国際)、イベントなど社会貢献の実績(年月日、場所)
  • 翻訳出版:2024年3月 『SEE ラーニング コンパニオン』(エモリー大学SEEラーニングチーム著、井本由紀他翻訳)
■センター活動を通じて特に成果を挙げた事柄

観想研究・観想教育という新たな分野・学問の立ち上げを、国際シンポジウムをきっかけを促した。

イベント

センター オリジナルWebサイト

https://ccs.keio.ac.jp

SDGs

3. すべての人に健康と福祉を 3. すべての人に健康と福祉を
4. 質の高い教育をみんなに 4. 質の高い教育をみんなに
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
11. 住み続けられるまちづくりを 11. 住み続けられるまちづくりを
14. 海の豊かさを守ろう 14. 海の豊かさを守ろう

設置期間

2024/03/01~2026/02/28

メンバー

◎印は研究代表者

氏名 所属研究機関 職位 研究分野・関心領域
◎ 井本 由紀 理工学部 准教授 教育人類学・観想教育
新妻 雅弘 システムデザイン・マネジメント研究科 准教授 認知科学・音響工学・AI・体運動習性
粂川 麻里生 文学部 教授 ゲーテ自然科学・身体論・色彩論
山形 与志樹 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 持続可能性・脱炭素化・地域創造
佐渡 充洋 保健管理センター 教授 精神医学(認知行動療法、マインドフルネス)、産業精神保健、学校精神保健
稲葉 俊郎 システムデザイン・マネジメント研究科 特任教授 <いのち>の医療
杉本 あおい システムデザイン・マネジメント研究科 特任准教授 海洋社会科学
波多野 都 システムデザイン・マネジメント研究科 特任准教授 耳科学、医学教育、マインドフルネスとコンパッション研究
松原 正樹 システムデザイン・マネジメント研究科 特任准教授 身体知と芸術
坂本 泰宏 KGRI 特任准教授 イメージ学、経験美学、情報学
アコスタ エンジェル KGRI 共同研究員 観想教育、観想社会科学、マインドフルネス教育、AIと身体性
内田 範子 KGRI 共同研究員 観想教育、青少年育成、ソーシャルワーク、マインドフルネス
小笠原 和葉 KGRI 共同研究員 ボディーワーク、神経科学・医学、身体性、宇宙物理学、現象学、意識
蒲原 慎志 KGRI 共同研究員 組織開発 & 業務改革、SEL
ロビアーノ キアラ KGRI 共同研究員 比較哲学、教育哲学、古代ギリシャ哲学
齊藤 弓 KGRI 共同研究員 インド哲学仏教学およびその身体性
鈴木 健斗 KGRI 共同研究員 周産期における親子のメンタルヘルス及び愛着形成
田中 慎太郎 KGRI 共同研究員 マインドフルネス瞑想に関する研究、臨床心理学・心身医学・精神医学に関する研究
濱田 織人 KGRI 共同研究員 芸術教育・感性教育・神経美学・音楽及びアート制作
マーフィー重松 スティーヴン KGRI 共同研究員 心理学; マインドフルネス
松島 宏佑 KGRI 共同研究員 現代アート、インターメディア、芸術教育及びアート制作