量子コンピューティングセンター
センター概要
量子コンピュータとは、"量子力学的な効果を用いて行う複雑な計算"(量子コンピューティング)を実現するデバイスである。素因数分解や最適化といった問題では、計算時間(ステップ数)が問題の規模に対して指数関数的に伸びるものがあり、それらは従来コンピュータでは計算不可能な問題とされる。量子コンピューティングはこれらの計算困難な問題を解決することが期待されており、それを実現する手法の開発が望まれている。
そこで、本センターでは、社会や産業界の発展に資する量子コンピュータで解くべき問題を特定し、その目的に向けたソフトとハードを開発することを目的とする。とくに、国に加えて、複数の民間企業が出資する研究拠点を整備し、産業界や一般社会に存在する問題を対象とした量子コンピューティングの道を切り拓くことを目指す。
キーワード・主な研究テーマ
量子コンピューティング、量子コンピュータ、量子情報処理、量子アルゴリズム
2020年度 事業計画
■2019年度より継続する活動内容について、継続する背景・根拠と目標- 新規モンテカルロアルゴリズムの開発と実機評価:まず前年度に開発した振幅推定アルゴリズムを改良し、ノイズ存在下で、できるだけ精度の高い振幅推定値を算出する方法を考案する。とくに、実機特有のノイズに耐性があるアルゴリズムの開発を目指す。また、目標のモンテカルロ積分を効率よくアルゴリズム実装するための方法を開発する。同時に、金融工学への応用を行い、将来的に意味のある問題を量子計算機で解くための要件を明らかにする。
- 化学反応計算のための変分型量子アルゴリズムの開発と実機評価:実機利用を指向したVQEアルゴリズムの改良を引き続き実施する。改良アルゴリズムをアップデートされたIBM Q実機に実装し、他の化学反応系に適応する。その際、分子の励起状態計算、および量子ダイナミクス計算についても検討する。また、自然勾配VQEの理論整備を行い、プラトー回避のメカニズムを探るとともに大規模系へ適用できるよう拡張し、シミュレーションで有効性を確認する。
- 量子機械学習器の開発と実機評価:量子パターン分類器の中心部であるカーネル関数について詳細な検討を行う。とくに、量子力学の効果が顕在化するカーネル関数の特徴づけを行う。カーネル関数の設計法についても引き続き検討を行う。これらの基礎付けをもとに、多分類問題への適用、カーネル密度関数法の開発、を実施する。量子リザバー計算法についても引き続き性能向上を指向した解析を実施する。とくに、ノイズを積極的に利用する方法であるという観点から、より効果的な実機の適用法について検討する。
- 量子コンピュータインターフェイスの開発:引き続き、量子計算機実機の利用を念頭に、量子ビットマッピングコンパイラの開発を行う。また、空間的に離れた量子ビット間に作用させる制御NOTゲートの効率的な実現法や、Toffoliゲートなどの典型的な演算を効率よく実装するための方法論の開発を行う。
量子アルゴリズムを効率的に物理実装するには、量子ゲート演算を行うためのパルス照射スケジュールを注意深く設計する必要がある。2020年度は、量子アルゴリズムの実行過程で生じるノイズを減少するためのパルスの設計法を開発する。また、実機でデモンストレーションを行う。
2019年度 事業報告
■当該年度事業計画に対する実施内容、および研究成果と達成度センターは IBM が開発した量子コンピュータ実機 IBM Q を利用できる環境 IBM Q Hub を内包している。2019年度は、この IBM Q Hub と協働しながら、以下の研究を実施し、成果を挙げた。
- 新規モンテカルロアルゴリズムの開発と実機評価:モンテカルロ計算は、材料科学・金融工学など多くの産業課題で要求されるプロセスである。量子計算でこのプロセスを高速化することを目指す。2019年度は、新規の量子振幅推定アルゴリズム(モンテカルロアルゴリズムを含む)として、異なる演算回数のグローバーアルゴリズムを並列に実行し、得られた実行結果を統計処理することで推定を行う手法を開発した。この手法は従来法と異なり量子演算を多用しないため、NISQに向いている。また、このアルゴリズムをノイズがある環境で解析し、実際にIBM Qを用いて実機での性能評価を行った。統計解析の結果、ノイズを考慮した理論モデルと実験結果が整合することが確認された。
- 化学反応計算のための変分型量子アルゴリズムの開発と実機評価:ハミルトニアンの基底状態を求める量子アルゴリズムVariational Quantum Eigensolver (VQE)を改良し、有用な化学反応の量子計算環境の構築を目指す。2019年度は、リチウム空気電池の反応解析を、量子計算機を用いて行なった。とくにVQEによる反応エネルギーの再現性を確認するともにNISQの性能を引き出すために次が重要であることが見出された:計算コストと計算精度のバランスを両立する活性空間の選定、実量子計算機の正確な較正に基づくエラーミティゲーション、エネルギープロファイルの解析と局所安定構造の回避、適切なエンタングラーと最適化手法の組み合わせの評価と選定。一方、VQEの最適化更新則に含まれる問題(プラトー問題)を解決し得る、「自然勾配法」に基づく新しい最適化アルゴリズムを考案した。
- 量子機械学習器の開発と実機評価:パターン分類器や時系列解析器といった機械学習アルゴリズムを、量子計算機によって高速化することを目指す。2019年度は、データを量子状態に写像する関数の設計指針獲得を目指し、2量子ビットの量子パターン分類機を対象に、量子状態に埋め込まれたデータを可視化する方法を開発した。これにより、分類器性能の事前評価、および相補的な分類器(カーネル)の組み合わせによる高精度の分類器設計が可能となった。これらの方法の有効性を、IBM Qシミュレータを用いて確認した。一方、時系列データを量子計算機で行う「量子リザバー」の開発を開始した。2019年度はまず時系列の回帰・予測問題について万能近似性能を有するリザバーを開発し、10量子ビットのIBM Q実機を用いて理論と整合する回帰性能を確認した。
- 量子コンピュータインターフェイスの開発:量子アルゴリズムと実量子計算機を効率的に結びつけるソフトウェア(量子ビットマッピングコンパイラ)を開発することを目指す。2019年度は、20量子ビット実機IBM Qを対象に、量子ビットマッピングコンパイラの開発を行った。具体的には、短い量子演算をIBM Q上で実行するための望ましい量子ビットレイアウトを自動抽出するコンパイラを開発した。また、グローバー演算子とToffoliゲートを効率よく実装するための方法を開発した。
公刊論文、学会発表、イベントなど社会貢献の実績
公刊論文12件(下に記載)、学会発表57件
- Kazutaka G. Nakamura, Kensuke Yokota, Yuki Okuda, Rintaro Kase, Takashi Kitashima, Yu Mishima, Yutaka Shikano, and Yosuke Kayanuma, Ultrafast quantum-path interferometry revealing the generation process of coherent phonons, Physical Review B 99, 180301(R) (2019). (Editor's suggestion) https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.99.180301
プレスリリース: https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2019/5/22/28-53275/ - Kentaro Tamura and Yutaka Shikano, Quantum Random Number Generation with the Superconducting Quantum Computer IBM 20Q Tokyo, in Proceedings of Workshop on Quantum Computing and Quantum Information, edited by Mika Hirvensalo and Abuzer Yakaryilmaz, TUCS Lecture Notes 30, 13 - 25 (2019). http://urn.fi/URN:ISBN:978-952-12-3840-6
- Hiroshi C. Watanabe* and Qiang Cui, Quantitative analysis of QM/MM Boundary Artifacts and the correction in Adaptive QM/MM method, Journal of Chemical Theory and Computation, 15, 3917-3928 (2019). [Selected Journal cover] https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jctc.9b00180
- Tsuyoshi Ide, Rudy Raymond, and Dzung T. Phan, Efficient Protocol for Collaborative Dictionary Learning in Decentralized Networks, in Proceedings of the 28th International Joint Conference on Artificial Intelligence (IJCAI 19, August 10-16, Macao, China) 2585-2591 (2019). https://doi.org/10.24963/ijcai.2019/359
- Eriko Kaminishi and Takashi Mori, Recurrence times of the Lieb-Liniger model in the weak and strong coupling regimes, Physical Review A, 100, 013606 (2019). https://journals.aps.org/pra/abstract/10.1103/PhysRevA.100.013606
- W. Huang, C. H. Yang, K. W. Chan, T. Tanttu, B. Hensen, R. C. C. Leon, M. A. Fogarty, J. C. C. Hwang, F. E. Hudson, K. M. Itoh, A. Morello, A. Laucht, and A.S. Dzurak, "Fidelity Benchmarks for Two-Qubit Gates in Silicon," Nature 569, 532-536 (2019). https://www.nature.com/articles/s41586-019-1197-0
- C. H. Yang, K. W. Chan, R. Harper, W. Huang, T. Evans, J. C. C. Hwang, B. Hensen, A. Laucht, T. Tanttu, F. E. Hudson, S. T. Flammia, K, M Itoh, A. Morello, S. D. Bartlett, and A. S. Dzurak, "Silicon Qubit Fidelities Approaching Incoherent Noise Limits via Pulse Engineering," Nature Electronics 2, 151-158 (2019). https://www.nature.com/articles/s41928-019-0234-1
- Kentaro Tamura and Yutaka Shikano, Quantum Random Numbers generated by the Cloud Superconducting Quantum Computer, accepted for CREST Book "Mathematics, Quantum Theory, and Cryptography" edited by Tsuyoshi Takagi, Masato Wakayama, Keisuke Tanaka, Noboru Kunihiro, Kazufumi Kimoto, and Yasuhiko Ikematsu (Springer Nature, Singapore, 2020). https://arxiv.org/abs/1906.04410
- Y. Kato, N. Yamamoto, and H. Nakao, Semiclassical phase reduction theory for quantum synchronization, Physical Review Research, 1, 033012 (2019)
- K. Kobayashi and N. Yamamoto, Control limit on quantum state preparation under decoherence, Phys. Rev. A, 99, 052347 (2019)
- Suzuki, S. Uno, R. Raymond, T. Tanaka, T. Onodera, and N. Yamamoto, Quantum amplitude estimation without phase estimation, Quantum Information Processing, 19, 75 (2020)
- Masamitsu Bando, Tsubasa Ichikawa, Yasushi Kondo, Nobuaki Nemoto, Mikio Nakahara, Yutaka Shikano, Concatenated Composite Pulses Applied to Liquid-State Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy, Scientific Reports , (2020). https://arxiv.org/abs/1508.02983
センター活動を通じて特に成果を挙げた事柄
IBMと共催でバーチャル量子プログラミングコンテスト''Quantum Challenge''を開催した。
センター オリジナルWebサイト:
Keio University Quantum Computing CenterSDGs

メンバー
◎印は研究代表者
氏名 | 所属研究機関 | 職位 |
---|---|---|
◎ 山本直樹 | 理工学部 物理情報工学科 | 教授 |
伊藤公平 | 理工学部 物理情報工学科 | 教授 |
神成文彦 | 理工学部 電気情報工学科 | 教授 |
白濱圭也 | 理工学部 物理学科 | 教授 |
早瀬潤子 | 理工学部 物理情報工学科 | 准教授 |
バンミーター, ロドニー | 環境情報学部 専門 | 教授 |
青野真士 | 政策・メディア研究科 | 特任教授 |
古池達彦 | 理工学部 物理学科 | 専任講師 |
鹿野豊 | 理工学研究科 | 特任准教授 |
菅原道彦 | 理工学研究科 | 特任准教授 |
鈴木洋一 | 理工学研究科 | 特任准教授 |
上西慧理子 | 理工学研究科 | 特任講師 |
渡邉宙志 | 理工学研究科 | 特任講師 |
佐藤貴彦 | 理工学研究科 | 特任講師 |
宇野隼平 | KGRI | 共同研究員 |
大西裕也 | KGRI | 共同研究員 |
小野寺民也 | KGRI | 共同研究員 |
高玘 | KGRI | 共同研究員 |
須藤翔太朗 | KGRI | 共同研究員 |
田中智樹 | KGRI | 共同研究員 |
手塚宙之 | KGRI | 共同研究員 |
中村肇 | KGRI | 共同研究員 |
RUDY RAYMOND HARRY PUTRA | KGRI | 共同研究員 |
光田尚生 | KGRI | 共同研究員 |
李憲之 | KGRI | 共同研究員 |
渡部絵里子 | KGRI | 共同研究員 |
渡辺日出雄 | KGRI | 共同研究員 |