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【アーカイブ・シンポジウム】デジタル時代にメディアは「信頼」を構築できるかー「信頼指標」から考える(前編)

2022.08.19

Only available in Japanese

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2021年度より立ち上がった「2040独立自尊プロジェクト」の一翼を成す「プラットフォームと『2040年問題』」プロジェクト

2040年に訪れる超高齢社会の諸問題の解決策として注目されるのが、目まぐるしい発展を遂げているデジタルプラットフォーム。ニュースメディア業界でも、新聞や放送などの「レガシーメディア」に対し、デジタルプラットフォームの台頭が著しい。2040年に構築すべきニュースメディアをめぐる秩序を探求すべく、2022年5月18日にアーカイブ配信シンポジウム「デジタル時代にメディアは『信頼』を構築できるか 〜『信頼指標』から考える〜」が開かれた。

デジタルメディア全盛の現在において情報の受け手である読者・視聴者と発信者の間に「信頼」を構築する新しい手法として、メディアを一定の指標・基準に基づいて「認証・評価」する試みが始まっている。今回のシンポジウムでは海外で実際に認証・評価を実践している当事者をオンラインで直接繋ぎ、指標・基準の採用や認証・評価の実施に至るまでの経緯や問題点などの多角的な視点について積極的な議論を行った。ここでは、シンポジウム当日の様子(前半)を振り返る。

※後編(ディスカッション)はコチラ

開会挨拶 安井 正人 (医学部教授、KGRI所長)
趣旨説明 松本 一弥 (ジャーナリスト、KGRI客員所員)
基調講演
・Sally Lehrman(The Trust Project, Founder and Chief Executive)
・Benjamin Toff(Oxford University Reuters Institute for the Study of Journalism, Trust in News project, Senior Fellow and Leader)
コメント・ディスカッション:
・古田 大輔(ジャーナリスト、メディアコラボ代表)
・熊田 安伸(スローニュースシニアコンテンツプロデューサー)
・関 治之(一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事)
・山本 龍彦(大学院法務研究科教授、KGRI副所長)
・若江 雅子(読売新聞東京本社編集委員)
モデレーター:松本 一弥

1:開会挨拶及び趣旨説明

KGRI所長の安井正人による開会挨拶の後、まずシンポジウム企画提案者であるKGRI客員所員の松本一弥より趣旨説明が行われた。

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安井正人(医学部教授/KGRI所長):
いま、ニュースメディアは大きな節目を迎えていると聞きます。歴史を振り返れば、印刷技術の登場、ラジオの登場、放送の登場がありましたが、インターネットやAIがメディアをも圧巻しているのが現在です。新型コロナウイルス感染症の流行で「インフォデミック」が危惧されたのも、SNSというネットワーク空間で情報が伝わったことが一因でした。デジタルメディアの何が問題なのでしょうか。信頼できるニュースを得ることは、私たちが自律して生きていくために必要なことです。本日のシンポジウムを皮切りに、2040年に向け、ニュースメディアへの信頼を再構築するための議論が活性化することを期待しています。


*英語音声動画はコチラ


・松本 一弥:ジャーナリスト、KGRI客員所員: 1959年東京生まれ、早稲田大学卒。朝日新聞では調査報道記者などを経て月刊「Journalism」編集長、「論座」編集長、夕刊企画編集長を歴任。メディアの戦争責任を徹底検証した「新聞と戦争」で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ大賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞。著書に『新聞と戦争』(共著、朝日新聞出版・2008年)、『55人が語るイラク戦争』(単著、岩波書店・2011年)、『ディープフェイクと闘う「スロージャーナリズム」の時代』(単著、朝日新聞出版・2019年)。


松本一弥(ジャーナリスト、KGRI客員所員):
今年に入り、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まりました。複雑な情報戦の中で一貫して問われている問題が、今回のシンポジウムのテーマである「情報の信頼性」であり、「メディアが発信する情報の信頼性はいかに担保されうるのか」という課題にほかなりません。

メディアのあり方をめぐっては世界で様々な問題が指摘されています。キーワードは「Trust(信頼)」と「Engagement(関与)」の二つ。このうち「信頼」をめぐる重要なポイントの一つは、そのメディアが正確な取材に基づいて信頼できる情報を発信しているのか、メディアの外部にいる読者や視聴者には判断する方法や手段が一切ないという点。つまりニュースという分野は「外部から信頼の根拠を確認する手段や仕組みを欠いた『巨大なブラックボックス』と化して」いて、それがはっきり見えるようになってきたということです。

GAFAなどがネット空間に君臨する時代が到来する中、デジタル時代にメディアと「信頼」の関係はどうあるべきかという議論はこれまでほとんど行われてきませんでした。その背景には「メディアが発信する情報は信頼されて当然」というメディア側の思い込みや傲慢さが見え隠れしていましたが、この議論をもはや避けて通ることはできないでしょう。

世界では今、読者や視聴者の間に「信頼」を構築していく新たな手法として、様々なメディアを一定の指標や基準に基づいて「認証・評価」する取り組みが始まっています。そうした先行例を学びつつ、民主主義が危機にある中でデジタル時代におけるメディアの存立基盤のあり方や市民社会との関係はどうあるべきかも含め、議論を深めていきたいと思います。


2:基調講演1

本シンポジウムでは、メディアの信頼性や認証・評価について実際に活動を行なっている2人のゲストから基調講演をいただいた。1人目の講演者は、「The Trust Project」ファウンダー兼CEOのサンタクララ大学のサリー・ラーマン氏だ。

世界中の様々な地域で活動する250以上の報道機関が参加する「The Trust Project」。同プロジェクトがメディア環境にもたらすインパクトやこれまでの議論、活動方法などを紹介する。

Sally Lehrman(サンタクララ大学、「The Trust Project」ファウンダー 兼 CEO)

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・Sally Lehrman:カリフォルニア大学サンタクルーズ校Science & Justice Research Center客員教授、ジャーナリスト。サンタクララ大学マークラ応用倫理センターシニアフェローとして、The Trust Projectを創設、同CEOを務める。ジャーナリストとして、Nature、Scientific Americanなどに執筆、1995-96 John S. Knight Fellowshipをはじめ、受賞多数。著書に『News in a New America』(2005)など。
The Trust Projectは、ニュースに透明性を確保するための世界初の「認証制度」を設立。主要な報道機関とコンソーシアムを結成し、ニュースへの信頼性を認証する基準として8つの指標を提案。この信頼基準「8 Trust Indicators」は100以上のニュースサイトに掲示されている。


*英語音声動画はコチラ

そもそも、なぜ「The Trust Project」が必要なのでしょうか。このプロジェクトの開始以前、オンライン上でのジャーナリズムは苦しい状況にありました。私も元々科学に関する社会問題を扱うジャーナリストでしたが、オンライン上ではどのニュースもみんな同じに見えてしまうことに苦い思いを抱いていました。そこで多くのニュースサイトでは、著名な人や犯罪者の顔を掲載するなど、ユーザーの興味を惹く工夫をし始めました。しかしアクセス数は増えるものの、信頼を損ねる結果を招いてしまいました。そこで私たちが行ったのは逆転の発想です。報道の品質を損ねることなくアクセスをサポートするための方法を考え、生まれたのが「The Trust Project」だったのです。プロジェクトでは、8項目の信頼指標(8 Trust Indicators)を示しています。

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The Trust Projectによる8つの信頼指標(8 Trust Indicators)

信頼指標がもたらす効果をテキサス大学や国際的調査機関イプソスに調査してもらった結果、ユーザーとの間の信頼構築に重要な意味を持つことが検証できました。また、信頼の構築だけでなく、信頼できる報道への課金に対してポジティブになることも判明しました。信頼指標は机上で生み出したものではなく、実際のユーザーとのやりとりから生まれています。やりとりの中で私たちは4つのユーザータイプを特定しました。報道への積極的をもつタイプから順に「Avid News users」「Engaged users」「Opportunistic users」「Angry, disengaged」です。アジェンダは何か、視点は多様か、ジャーナリストはどんな人なのか、価値観は共有できているのかなど、どのグループでも総じて報道には多くのものを求めていました。さらにジャーナリスト側にも調査をした上で、37項目に及ぶ指標を選定し、最終的には8つへと絞り込んだのです。

信頼指標導入後の2021年、それぞれのユーザータイプへの追加調査を行った結果、それぞれに変化が見られました。元々ポジティブだった2タイプではより積極的な関与へ、便利主義的なタイプ(Opportunistic)ではより内向きの関与へと変化し、最後の1タイプは信頼できない報道に関わるようになりました。大事なことは「不安な中間層」とも言える2タイプについては、ポジティブにもネガティブにも進む可能性があるということです。この点に私たちはさらなる可能性を感じて活動を行なっています。

実際にこのプロジェクトに参加し、信頼指標を取り入れている報道機関のニュースには、オンライン上に「The Trust Project」のマークが表示されます。クリックすると報道機関やジャーナリストについて一連の情報が開示されたページへと移動する仕組みです。当初、さまざまな機関と共同して活動する中で意見が対立することもありました。しかし徐々に倫理方針を公表することが一般化してきたためか、対立は少なくなっています。

人々は、本当に信頼できる情報を探し求めています。私たち全員が、それを受け止めなければなりません。現在は、偽の情報に騙されたり、それを広めるプロセスの一部を担ってしまったりすることへの不安が拡大しています。私たちの場合は信頼指標という非常にシンプルでわかりやすいシステムを使って、人々が見ているものを評価できるようにすることで対応しようと試みています。より透明で、より開示された、より一貫性のある報道を求める機運を高めようとしているのです。

私たちの技術はプラットフォームがニュースの誠実性を評価する方法に大きな影響を与えました。しかしまだ長い道のりがあります。報道側はウェブサイト上での信頼をもっと明確に示す必要があるのです。これは現在進行形の問題です。ニュースサイトについて私たちがまずできることは「ラベリング」です。ぜひ、私たちの作った定義を使ってください。


3:基調講演2

サリー・ラーマンに続き、オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所のベンジャミン・トフ氏からも基調講演をいただいた。

Benjamin Toff(オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所)

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・Benjamin Toff:オクスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所シニアリサーチフェロー、ミネソタ大学フバードジャーナリズム・マスコミュニケーション学部助教授、同大学政治学科政治心理学センター兼任教員。博士(政治学)。2018年アメリカ政治学会最優秀博士論文賞受賞。現在、ロイタージャーナリズム研究所でTrust in News Project代表を務める。
Trust in News Projectは、オンラインニュースソースに対する人々の信頼を研究し、定期的に報告書を発行。報道機関とデジタルプラットフォーム事業者がニュースの信頼を支えるためにすべきことを提言。国際比較研究も行う。


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まず、現在取り組んでいる「Trust in News Project」が持つ3つの側面を紹介します。1つ目は「ニュースに対する信頼」の定義を考えること、2つ目は「世界中のさまざまな国でみられる「信頼感の低下」の原因を理解すること、そして3つ目が「信頼の低下に対して実際に何ができるか」を考えることです。私たちのプロジェクトではアメリカ、イギリス、ブラジル、インドの4カ国に焦点を当てています。フォーカスグループへの詳細な聞き取りを通じて、4カ国すべてで独自の調査を行ってきました。

さて、ここからは主に3つの事柄に焦点を当てた話をしましょう。1つ目は「ニュースに対する信頼」と言う概念の持つ意味です。「ニュースに対する信頼」を理解するには、「信頼」や「ニュース」とは何かを詳細に考えることが重要です。ロイタージャーナリズム研究所が毎年行っている視聴者を対象とした他国間大規模調査「Digital News Report」では、多くの人が「ほとんどのニュースを信頼できると思っている」と答えています。しかし、ジャーナリストのみなさんにとっては当たり前かもしれませんが、人々はニュースソースごとにさまざまな態度を取るものです。ですから「ニュースに対する信頼」を考えるときは、どのような「ニュース」に対する信頼の話なのか注意しなければなりません。一方、「信頼」についても同様です。多くの研究では「信頼」と言う言葉を一般的な意味合いで使っており、回答者の解釈の幅を認めています。そこで私たちは「信頼」を3つの異なる側面に分解しました。1つ目は個々のニュースブランドやメディア全般の業績に対する評価です。報道が正確か、公平か、包括的か、偏向していないかなどです。2つ目は視聴者が持つ先入観です。ニュースは社会でどのような役割を果たすべきなのか、人々はさまざまに考えを持っていますから。3つ目は政治家やリーダーが意図的に流すメッセージです。これら3つの側面はそれぞれ「信頼」の形成上重要な役割を果たしています。

次に焦点を当てるのは「視聴者が持つ視点」です。これまでにプロジェクト参加の4カ国において、人々が何に注目して信頼感の判断をしているのか調査を行いました。印象的なのは、ジャーナリストが信頼を築くために重要だと思うことと、視聴者が重要だと思うことの違いです。ジャーナリストは報道の透明性に重点を置く傾向があります。一方で視聴者側はもっと本能的にニュースブランドの評判や親近感を重視する傾向があるのです。私たちは視聴者へのインタビュー結果から、信頼度の高低と言う二元論を超えて考え直すことに注力しました。人々が本当に望んでいるのは情報源を選択的に信頼することであって、全ての情報源を信頼できる、できないと決めつけたいわけではありません。

最後に焦点を当てるのは、「報道の信頼低下にどう対処すべきか」です。信頼を築くにはあまり重要だと思えないようなことだとしても、報道側は視聴者と日常的な関係を持ち続けることが重要です。時間をかければ「親近感」という評価を高めることは可能なのです。また、視聴者の声に耳を傾けるための戦略については、テクノロジーを使ってフィードバックのルートを構築するのです。もちろんプラットフォーム上で有害なコミュニケーションが氾濫しないようにすることも、大きな課題の一つになるでしょう。今日の報道市場においては全てのユーザーと信頼を築くことは不可能で、どこかに境界線を引く必要があります。また、信頼を築くということについて全ての報道機関に当てはまるアプローチというのは存在しません。信頼関係を築くには、深く掘り下げるのと広く囲い込むのがトレードオフの関係になっています。この点については、今後プロジェクト活動でもっと焦点を当てていきたいと考えています。


4:ゲストコメント

本シンポジウムでは基調講演をいただいた2人のゲストに加え、基調講演を受けて議論をするための5人の登壇者を招いた。ここからは5人の登壇者それぞれによる、コメントと後ほどの議論に向けた論点を紹介する。

*英語音声動画はコチラ


古田 大輔(ジャーナリスト、メディアコラボ代表)

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古田 大輔:1977年福岡生まれ、早稲田大学卒。ジャーナリスト、メディアコラボ代表取締役、Google News Labティーチングフェロー。朝日新聞記者としてアジア総局、シンガポール支局長、デジタル版編集を担当、BuzzFeed Japan創刊編集長を経て独立、現職。著書に「ジャーナリズムは歴史の第一稿である。」(共著、成文堂・2018年)など。


トフさんが指摘する「ジャーナリストとユーザー(読者・視聴者)間のギャップ」は非常に重要です。この指摘から浮かび上がるのは、ジャーナリストがそもそもユーザーを理解できていないのではないか、という大きな課題です。ニューヨーク市立大学のジェフ・ジャービスがよく指摘する「Journalism as a service」という言葉があります。つまりはジャーナリズムがユーザーに提供する価値の本質とは何かということです。ジャーナリズムがユーザーに提供する価値の本質を知るためには、ユーザーが何を考えているのかを理解しないといけないということを彼は繰り返し指摘しています。その言葉がどれだけ正しいのかというところが、先ほどのベンジャミン・トフさんの指摘に現れているのではないかと思うのです。

そこでラーマンさんにお伺いしたいのが、「ギャップを埋めることはThe Trust Projectで可能なのか?」という点です。The Trust Project自体も、また伝統的ジャーナリズム側からの視点が強い活動なのではないかと思ったのです。The Trust Project自体が「信頼される第三者機関」たるにはどうしたらいいのでしょう。信頼を獲得しようとするからこそThe Trust Projectのようなものが生まれるわけですが、そのプロジェクト自体がユーザーから信頼されていないと、最終的な信頼には繋がりません。ここで、松本さんが冒頭に話された「メディアの発信する情報は信頼されて当然だという傲慢さが、これまで我々ジャーナリズム・報道側にあった」という点が非常に重要になります。これが間違いないからこそ、世界中で信頼に関する議論が始まっています。そして、議論や研究を進めてみると、ジャーナリストとユーザーの考える「信頼」にはギャップが見えてきています。このギャップは、どう埋めていくべきなのでしょう。この点について、日本よりも先行した取り組みについて議論し、そして学ぶことには非常に大きな価値があると思います。


熊田 安伸(スローニュース シニアコンテンツプロデューサー)

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・熊田 安伸:1967年岐阜市生まれ、早稲田大学卒。SlowNewsシニアコンテンツプロデューサー、ジャーナリスト。前職のNHKでは「公金」に関する調査報道や震災報道を牽引、「NHK取材ノート」など新しい発信を開発・運営。2021年より現職。ギャラクシー大賞、Internet Media Awards 2022アクション・フォー・トラスト部門など受賞多数。


トフさんの話ですが、確かに優れた訓練を受けたジャーナリストの視点や問題意識は非常に重要である一方、政治家や官僚、企業といった取材対象が持つ問題意識と同一になってしまうケースが少なくありません。本当にユーザーが欲しがっている「言語化されていない社会課題」に到達するには何か仕掛けを用意することが必要ではないだろうかと考え、NHK時代にデジタルとローカル両方のネットワークを利用してコミュニティと関係を結ぶチャレンジをしていました。

信頼を得るための説明が不足しているという点で言えば、もう一つチャレンジしたのが「顔の見える記事」です。どういう記者が、なぜ取材をするのか。どんな取材で、どういう資料を使ったのか。科学と同じく「再現性」を持たせ、読者が追体験できるようにしました。また「顔の見える」にはもう一つ意味があります。それは「テーマの中心にいる人物の顔が見える」ことです。関わっている人物がなぜその問題に巻き込まれ、今どうなっているのか。その顔を感じ取ってもらえて初めて、読者に「自分の問題だ」と感じてもらえると思ったのです。「伝え手の顔」「課題になっている人の顔」という二つの「顔」の見える記事を、NHK取材ノートや政治マガジンの場で実践してきました。まだ途上ではありますが、受信料を払って良かったと言われるような記事が出るようになっています。

またラーマンさんのお話ですが、報道側はよく「ピューリッツァー賞を取りました」「新聞協会賞を取りました」とアピールしますが、読者にとっては全く関係ないことです。むしろ権威付けばかりしているようで、忌避されてしまいます。同じように「信頼認証」が権威付けのようになると、逆効果ではないでしょうか。信頼認証後に、逆のスタンスをとる立場の人が別のマークを作ってしまうことも危惧しています。


若江 雅子(読売新聞東京本社 編集委員)

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・若江 雅子:読売新聞編集委員。修士(情報学・情報セキュリティ大学院大学)。読売新聞では2008年からIT問題を担当。著書に「オンライン広告におけるトラッキングの現状とその法的考察」(共著、情報通信政策研究・2019年)、『膨張GAFAとの闘い―デジタル敗戦 霞が関は何をしたのか』(中公新書ラクレ・2021年)。


ラーマンさんの活動が、日本のマスメディアが直面する信頼性の問題の処方箋になるかどうかは若干疑問です。紹介された信頼指標は伝統的なメディアの場合、どれも合格しそうなものですが、問題なのはそれにもかかわらず我々の信頼が低下している点です。もう一つの懸念は「プラットフォーム化」です。「The Trust Project」は信頼できるかどうかの指標を提供するだけとの話でしたが、それに参加すること自体が一定の信頼性を付与する効果をもち、一種のプラットフォームとなる可能性もあります。個人的意見ですが、プロのメディアが生き残るには他人の用意したプラットフォームに頼り過ぎないことが重要だと感じています。ヤフーニュースに対する大手メディアの依存状況からも分かるように、一度プラットフォームに乗ってしまえば、その力を借りないと自分たちの情報にアクセスしてもらえない状況を作り出す不安があるからです。報道への信頼性を付与する仕組みと既存のプラットフォームが手を組めば、大きな力をもつ可能性があります。独立性や透明性をどう確保するかは課題でしょう。その意味で、協力団体であるGoogleやFacebookからどのような支援を受けているのか、また、トラストマークの付与により検索結果表示で有利に扱われることがあるのか、伺いたいです。仮に今後、大量のニュースを扱うためにAIが活用されるようになる場合は、そのブラックボックス性も課題になると思います。

トフさんの講演では、ジャーナリストと読者が考える信頼性に違いがあるとの話は説得力があると思うものの、私がこれまでの考えをすっかり改めるところには至りませんでした。日本の場合は大手メディアの信頼性喪失の原因が、誤報や誤報後の対応、あるいは権力への批判姿勢を失ったことなどにあると思っています。そのため、いくら親しみやすくなったところで読者はこれらの失態を許してくれないと思うのです。ではどう信頼回復するのか、その一つの道は、社会の分断回避への貢献であり、アテンションエコノミーから距離を置き、フィルターバブルやエコーチェンバーの問題の解決に自ら動くことだと思います。トフさんから、「ニュースにも世界にも関心がないような層に働きかけるのはコストパフォーマンスがよくない」という話がありましたが、むしろコスパは悪いけれども必要なことをするのが大手メディアの責任ではないでしょうか。


関 治之(一般社団法人コード・フォー・ジャパンファウンダー兼代表理事)

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・関 治之:1975年生まれ。一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事。SEとしてシステム開発に従事後、2013年より現職。デジタル庁参画、行政のデジタル化・オープンソース化を推進。住民とテクノロジーの力で課題解決を図るシビックテックを推進し、震災情報収集サイト「sinsai.info」や東京都コロナ関連サイトを立ち上げる。


私はジャーナリストではなく、「ともに考え、ともに創る社会」がビジョンの「コード・フォー・ジャパン」と言うコミュニティにいます。なので、今日の構図は我々が普段やっていることに近くて面白いなと思いました。特に興味深かった点は、The Trust Projectが市民エンパワーメント活動の側面をかなり持つ点です。提供者目線だけでなく、市民側がどう感じるかがポイントになっています。この視点からの活動には、市民コミュニティとして協力できる所が多そうだと感じます。市民の声を集めることがメディア側への説得に繋がるという話もありました。これもユーザー基点です。このあたりの考え方は、日本政府も新しいアジェンダとして「アジャイルガバナンス」という言葉にしています。経済産業省が出したレポートの中でも、市民コミュニティがガバナンス面も含めて組織のあり方に参加する、トップダウンで決めたことに市民が従うのではなく対話が大事である、といった今日話している内容に似ている箇所があります。日本で考えられてはじめている「信頼」の考え方に近しいと感じました。

市民側の活動例として、台湾では「Cofacts」というコミュニティ活動があります。市民ボランティアのレビュアーが個別の記事について信憑性を投稿しすることで、みんなでファクトチェックしようという取り組みです。ファクトチェックに関しては世界中で市民コミュニティやNPOが活動を行なっていますが、日本ではあまりそういう活動が生まれていませんでした。この議論がいいきっかけになるのではないかと思いました。もう一つ面白いと思うのが、経済的な活動持続性です。安定な運用はプロジェクトの重要なポイントです。ファクトチェックはweb3の分散型ガバナンスに非常に向いていると感じています。ガバナンス自体を開きつつ公平性や透明性を確保していく仕組みは、最新の技術の導入も考えられるのではないかと感じました。


山本 龍彦(慶應義塾大学大学院法務研究科教授、KGRI副所長)

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・山本 龍彦:1976年生まれ。慶應義塾大学大学院法務研究科教授、KGRI副所長。博士(法学)。桐蔭横浜大学法学部専任講師、同准教授を経て現職。著書に『プライバシーの権利を考える』(信山社、2017年)、『AIと憲法』(日本経済新聞出版社・2018年)、『デジタル空間とどう向き合うか―情報的健康の実現を目指して』(共著、日経プレミアシリーズ・2022年)など。


現状は情報の真偽や信頼性ではなく、人々のアテンションを得るために認知領域をどう刺激するかの争いになっている点に危機感を覚えています。真偽が綯い交ぜになりながら、雑多な情報が並んでおり、どの情報を選べばいいかもわかりにくい状況です。ジャーナリスティックな情報とそうでない情報がプラットフォームによってフラット化しています。内容の良し悪しもわからず刺激的なものを次々摂取してしまう状態にあると感じてなりません。現在進めている「インフォメーションヘルス(情報的健康)」に関するプロジェクトでは、食品でいう「栄養成分表示」のようなメタ情報の必要性を議論しており、The Trust Projectが非常に参考になります。


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「情報的健康」はKGRIワーキングペーパーで発表後、書籍として出版されている
(2022年7月)

今日議論したい一点目は「メディアが信頼性を獲得するインセンティブ」です。先ほど申したような「アテンションエコノミー」なる経済モデルでは、信頼性を得ることが必ずしもビジネスに直結しません。ラーマンさんは「信頼性はビジネスにつながる」と言われましたが、私は疑問に感じています。二点目は複数のパネリストからも出た「信頼指標・評価団体への信頼獲得」です。これはさらに、評価される側からの視点、すなわち「メディアからの信頼」と、市民からの視点、すなわち「市民からの信頼」の二つに分解できます。「メディアからの信頼」ですが、日本のマスメディアは外部から評価されることに慣れていません。The Trust Projectではメディアの方とどのような話をして信頼を得たのか、あるいはまだそこには課題があるとお考えなのか、ぜひお伺いしたいです。また「市民からの信頼」ですが、特にマスメディアに対しては強い不信感を持つ人が少なからずいます。そういう人たちから信頼指標や評価機関に対する信頼をどう勝ち取るのでしょう。これまで以上にメディアへの不信を招いたり増長したりすることがないのか、ぜひ議論できればと思います。

【以上前編】
※後編(ディスカッション)はコチラ