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【開催報告】データ活用による健康寿命延伸の見通しを考える ー 講演会「包括的ヘルスケアシステムの現在地と展望」(2022.1.27開催)

2022.06.30

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開催風景より。(撮影:前川俊幸)

KGRI「2040独立自尊プロジェクト」の一翼をなす「健康寿命延伸プロジェクト」。学際的な研究活動の一環として、2022年1月27日に講演会「包括的ヘルスケアシステムの現在地と展望」が開催された。

前例のない超高齢社会へ突入した日本。対策の一つとして、人々の健康寿命をいかに延ばしていけるかが問われている。そのためのソリューションとして期待を集めるのが、生体情報などの活用によって病気の予防から治療、予後の追跡までをワンストップで行うヘルスケアサービスだ。一方で、こうしたデータ活用には様々な課題が指摘されており、積極的な議論が求められている。

本講演会では、医師・元厚生労働省医系技官・起業家などの視点からデータ活用によるヘルスケアに取り組んできた早稲田大学理工学術院 先端生命医科学センターの宮田俊男教授を迎え、包括的なヘルスケアシステムの現状や可能性を展望。講演内容に加えて、法整備やシステムデザインなどの観点による多面的なディスカッションの模様を、ダイジェストでレポートする。

<講演>
宮田俊男(みやた・としお) 早稲田大学理工学術院 先端生命医科学センター教授

<挨拶・趣旨説明>
安井正人(やすい・まさと) 慶應義塾大学医学部教授、KGRI所長

<ディスカッション>
コメント:
鳥谷真佐子(とりや・まさこ) KGRI特任教授
磯部哲(いそべ・てつ) 慶應義塾大学大学院法務研究科教授、KGRI上席所員

総合司会:
河嶋春菜(かわしま・はるな) KGRI特任准教授



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(撮影:前川俊幸)

講演者:宮田俊男(みやた・としお)

早稲田大学理工学術院 先端生命医科学センター教授、医療法人社団DENみいクリニック理事長。他に大阪大学医学部招聘教授、神奈川県顧問、国立がん研究センター企画戦略アドバイザー、日本健康会議実行委員、医薬品医療機器総合機構(PMDA)専門委員など。2003年、大阪大学第一外科入局、09年厚生労働省入省。16年、みいクリニックを開業してICTを活用した地域包括ケアシステムの構築や在宅医療を推進。またMedical Compassを起業し、セルフケアアプリ「健こんぱす」を開発・リリース。著書に『製薬企業クライシスー生き残りをかけた成長戦略ー』など。


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(撮影:前川俊幸)

講演会:包括的ヘルスケアシステムの現在地と展望

安井正人:本日は「包括的ヘルスケアシステムの現在地と展望」をテーマに、早稲田大学教授の宮田俊男先生にお越しいただきました。2040年に向けて、日本は少子超高齢社会として世界のフロントラインを走ることになります。最後まで自分らしく元気で過ごしたいという願いの実現は、医学だけで解決できるものではありません。様々な分野が共同で取り組み、健康寿命の延伸に解決策を見出していけるよう、高齢化社会のヘルスケアを考えていきたいと思います。

河嶋春菜:宮田先生は早稲田大学理工学術院先端生命医科学センターの教授であり、同大学院にて教鞭を振るわれています。厚生労働省の医系技官や神奈川県の顧問などを務められ、制度・政策の観点からもヘルスケアの発展に貢献されています。また医師として「みいクリニック」を設立、セルフヘルスケアアプリ「健こんぱす」を開発するなど、デジタル技術やICT技術を活用されたヘルスケアをリードされています。

また、1961年から続く国民健康保険においては高齢者の医療費を現役世代が負担していますが、介護・医療・年金などの社会保障費は今後急速に増加し、2040年にはGDP全体の24%近くに上ると予想されています。現在は高齢者1人を労働人口2人で支えていますが、40年には高齢者1人につき労働人口が1.5人以下に減少します。労働人口が減少し、市場が縮小するなかでこれをどう乗り越えていくかが今後の課題です。


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(撮影:前川俊幸)

宮田俊男:私は昨年から早稲田大学に着任しましたが、学生時代は早稲田大学理工学部で人工心臓の研究室に在籍しておりました。それを実用化するために大阪大学医学部に編入し、その後、大阪大学病院で心臓血管外科医として勤務しておりました。2010年には臓器移植法が改正されましたが、日本の心臓移植数が大きくは増加に転じなかったことを機に、制度面から問題に取り組むため、厚生労働省へ医系技術官として転職。その後、医療法人「みいクリニック」を立ち上げるなどして現在へ至ります。

クリニック名の「みい(mih)」は「メディカル・イノベーション&ヘルス」の頭文字で、一般診療のほか、奄美大島の集落をオンラインでつないだ健康相談や、慶應義塾大学病院と情報連携し、カルテ閲覧やポリファーマシー(多剤併用)の高齢者を在宅医療でケアするプロジェクトも行っています。在宅医療においては、患者さんや家族が計測した血圧などのデータをICTで管理する研究も進めています。

本日のテーマである健康寿命延伸を考える上で、「セルフケア」は重要なポイントです。国立がん研究センターのデータによると、食生活の見直し、適正体重の維持など、5つの健康習慣を守ることで40%ほどがんのリスクが減少するといわれています。ですから、ゲノム医療や抗がん剤開発と並行して、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、睡眠や仕事時間など、生活習慣をPHR(パーソナルヘルスレコード)としてデジタルで「見える化」し、行動変容につなげていくことも重要だと考えています。日本はこれから世界トップの少子超高齢社会を迎えます。諸外国からは「日本のようになってはいけない」と言われておりますが、日本がトップランナーとして健康寿命延伸のための健康サービスを産業化できれば、新たな経済力の創出にもつながっていくのではないでしょうか。


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講演資料より、日本健康会議「健康なまち・職場づくり宣言2020」が掲げた8つの宣言。
(提供:宮田俊男)

2015年には、厚生労働省と経済産業省により日本健康会議が発足しました。経済界、医療界、自治体、この3つのステークホルダーにとって、健康寿命の延伸と医療費の適正化は意見が一致するところです。そのなかで日本健康会議は、20年に8つの宣言からなる「健康なまち・職場づくり宣言2020」を採択しました。一つは生活習慣病の重症化予防に取り組む自治体を増やすこと。例えば、健診で疾病が疑われても医療機関を受診しない、通院しない、そんな方がたくさんいらっしゃいます。自治体が保有するデータから、医療機関への受診を促し、重症化する前に病気をコントロールできれば、重症化する確率を相当減らすことができ、医療費も抑えられ、医療費の適正化や健康寿命の延伸にもつながるというわけです。


オンラインデータを用いた健康寿命延伸の取り組み

また「みいクリニック」では17年に「健こんぱす」という、セルフメディケーション支援アプリを制作しました。医師会では不調を感じたらかかりつけ医への受診を推進していますが、ネット検索の普及によって正しい情報にたどり着かないことが多くあり、大きな課題になっています。この状況をふまえて、医師と薬剤師が監修したアプリを作りました。海外に比べて日本はこの分野で後れをとっていたため、省庁や医師会とも丁寧に調整しながら、我々が先陣を切って取り組みました。「健こんぱす」はコロナ禍を受けて一気にユーザー数が増加し、SNSも駆使することで正しい情報にアクセスする窓口を増やしています。このように、日本におけるウェルネス分野のDXも徐々に風向きが変化しています。


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講演資料より、スマートフォンアプリ「健こんぱす」の概要。(提供:宮田俊男)

また、我々の取り組みの一つに「オンライン診療」があります。コロナ対応をきっかけに規制が緩和され、再診だけでなく初診の患者さんにも適用されました。実際には、血液検査や健康診断の結果、「お薬手帳」のデータを取得するのが難しく、それ以外にもオンライン診療ツール、保険証の登録や会計処理、薬局が閉まっている夜間の対応などの問題や、オンライン診療後に重症化した場合など様々な課題があり、法学者と連携しながら独自の法整備が必要なのではないかと考えているところです。今後は新しいセンシング技術やモニタリング技術、あるいは人工知能を活用することにより、対面診療と組み合わせて、新しい暮らしに沿った診療の形が構築されていくのではないでしょうか。

ここで注目したいのが、東京都とトヨタ自動車、東京の救急医たちが推進している「モバイルICU/ERプロジェクト」です。救急車に超音波検査や血液ガス分析装置を搭載し、搬送中に測定したデータを病院に送り、救急車が病院に到着した後、すぐに手術できるような試みが進められています。

産業界でもさまざまな取り組みが行われています。PHRアプリ「ウィズウェルネス」は、人間ドックの健診結果や検査の解説を行っています。「ユニチャーム」の生理管理アプリは、生理周期やPMS(月経前症候群)の症状を入力することで体調を管理できるとともに、蓄積されたデータと自治体のデータを組み合わせることで、「フェムテック」と呼ばれる女性のためのサービス創出につながるのではと期待されています。また、高齢者向けのスマートフォン全機種に搭載されている「ララしあコネクト」についても、蓄積されたデータが将来的にはIoT、センサーやモニタリング開発につながっていくと思われます。


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(撮影:前川俊幸)

他にも、企業の健保組合の運営をサポートするバリューHRは、健保組合による生活習慣病の支援、オンライン診療、薬局との連携に加え、「シンクヘルス」で遠隔からのサポートなどのプログラムを始めようとしています。またソフトバンクでも、オンライン診療処方、健康促進、最適な保険提案に取り組み、デジタルヘルスケアサービス「HELPO」では自宅でのPCR検査も行っています。東京都庁もデジタル産業推進の一環としてウェルネスの分野に注目しており、KDDIと豊島区、板橋区、江戸川区と地元の医師会とも連携して、次世代医療基盤法を活用しながら多様なサービスにつなげていく試みを行っています。

こうしたPHRの領域は今後、病院や保険者のデータが自治体、企業と連携されていくことで、医学的にエビデンスの乏しかったサプリメントの効果に加え、食事や運動、ヨガなどのエビデンスも新しく構築できるだろうと期待されており、非常に高い注目を集めています。


ディスカッション:医療のデジタル化とソーシャルデザインの課題


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(撮影:前川俊幸)

河嶋:宮田先生、ありがとうございました。それでは指定発言に移りたいと思います。

鳥谷真佐子:私の方からは三つ、興味のある観点がございます。ユーザーの目線から考えますと、一気通貫のワンストップサービスは非常に便利ですが、これまで何がボトルネックとなっていたのか、また今後、何が変わるべきなのかという点が一つです。

宮田:まず、日本は省庁あるいは自治体の縦割りの仕組みがあるため、個別の領域に特化したサービスは発展しやすいのですが、横につなぐサービスは広がりにくい特性があります。私自身、官僚としての経験から、アンコンシャスバイアスが強かったのではないかと感じています。大学病院もかつては臨床研究より基礎研究を重視しており、臨床をしたいなら海外に行くという風潮もあったのですが、昨今では「臨床研究も大事だ」というように風向きが変わってきました。このようにグローバルシンキングのもとで、こうした点を突破する必要があるだろうと思います。


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(撮影:前川俊幸)

鳥谷:そうした既成概念が邪魔をしている状況に驚く一方で、同時に希望もあると感じました。二つ目の質問はデジタルヘルスケアのプラットフォームのあり方についてです。医療側からアプローチして非医療側に広めていくアプローチと、非医療従事者からという2方向があり、両者がそれぞれ発展していこうとしている段階とのことですが、プラットフォームが営利団体、非営利的な組織のどちらかでも異なるでしょうし、日本ではどの形態が一番普及しやすいのでしょうか。

宮田:医療界では、営利か非営利かの問題も大きなテーマです。日本ではほとんどの病院や医療法人が非営利ですが、規制改革ではなく、社会に根差した法制度の中で営利企業と非営利団体がコラボレーションする例が増加すると予想され、それぞれの目的の調整が重要な課題となってきます。また、医療界にも開発マインドを持った若い医師が増えており、営利団体と非営利団体に留まらず、保険会社との連携、異業種とのコラボレーションなども広まっていくでしょう。また、そういったオープンイノベーションが活発化するには、医師のリーダーシップ教育がより大事になってくるのではないかと思っています。

鳥谷:営利か非営利かではなく、様々なステークホルダーを組み入れて、全体が回るようなデザインが大事であり、同時に人の育成も重要だという点は非常に納得しました。三つ目は「健こんぱす」やオンライン診療によって、医療の現場が生活の中に入ってくると、責任を負うべきステークホルダーが変化してくるのではないかと思っています。医療機器の管理責任においてメーカーの比重が重くなるなど、ガバナンスのあり方が将来的にも変わってくるのではないでしょうか。この点については、もし時間があれば後ほどディスカッションさせてください。


患者の自己決定、安全性の担保......領域を超えた議論に向けて

磯部哲:私は行政法、医事法を専門にしており、KGRIにおいてプラットフォームなどの台頭によってどういう変容がこの領域に今後もたらされるのか、社会科学の観点から考えています。課題推進者として関わっている国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「ムーンショット型研究開発事業」でも、超早期に疾患の予測予防ができる社会を2050年までに実現するための取り組みとして、体温や血圧、睡眠の質など、様々な疾患や身体に関わる大量のデータを収集・活用するための課題を検討しています。PHRについても、一人の人間が生まれてから生きている限り蓄積されていく大量の情報をどう活用していけるか、かなり長いスパンで考えていく時代になったと感じました。


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(撮影:前川俊幸)

医事法学では、患者の自己決定に対して重要な意義を与えているため、医療法などでも医療を受ける者の意向を尊重し、医療の担い手は適切な説明を行うことなどが求められますが、他方で近時はがん対策基本法などでも、疾患予防のために患者や国民に対して相応に合理的な行動を求めるなど自己責任を強調する傾向もみられます。また、かねて日本では、患者本人だけではなく、家族の役割や位置付けが様々な場面で非常に重視されてきた経緯もあります。そうしたなかで、オンライン診療を含め健康管理を医療従事者とともに担う当事者として、患者自身および家族は実際にどういう機能や役割を果たせるのか、あるいは果たすべきとされるのかが課題となると考えておりました。

アプリで自分の健康情報を管理し、健康寿命をできるだけ延伸していくことを是とするなかで、健康でいることは権利というにとどまらず、むしろ義務なのかといった根源的な問いもありますが、アプリを使いこなすのが困難であるようないろいろな意味での弱者を念頭に、どのように不安や支障を具体的に解消していけるかなど、現場の状況を窺いながら検討したい課題は数多くあると思います。オンライン診療については、医師法の解釈との整合性も問われますし、関連する多様な職種と医療従事者との連携を可能にするための法的整備も必要でしょう。医療機器としての認可を免れたアプリに対しては、有効性・安全性をどう担保するかも課題です。企業と自治体がデータを連携し研究開発を進めるための法的基盤整備や、情報セキュリティがしばしば課題となる自治体における救急医療体制の見直しなど、新たに法律を作るレベルの大きな議論が必要なテーマは数多いと感じました。

いずれにせよ、今後、医師と患者との関係も大きく変わるなか、それを社会がどのように受容できるのか、社会的な議論を喚起するための取り組みも必要だと感じた次第です。

宮田:日常に医療が広がることには当然リスクがありますし、ヘルスケアアプリによって来院の機会を逃すのではなど、様々な懸念もあります。こうした点は、磯部先生はじめ法学者のご意見も必要です。また、責任の所在が病院の外に広がっていくことは、やはり病院の管理者にとっては脅威的です。AIの活用もオンライン診療もそうですが、効率化とともに医師が全体を包括して関わる仕組みをちゃんと作っていく。そのなかで責任の分担を詰めていく必要があり、そうしたところを同時に進めながらサービスが普及していくのではないでしょうか。

なお、オンライン参加者の方から「PHRが進むとそのぶんEHR(電子健康記録)が進行しなくなるのでは」という質問がありましたが、PHRの進展によって例えば紹介状の手間も減るので、EHRも同時に進んでいくと思います。実際に、長崎県内の医療機関をつなぐネットワーク「あじさいネット」はよく使われていますね。ただ医師会にも慎重派と推進派があり、当然、地域差もあるので、新しいサービスを試みるときには、前向きな自治体と取り組む必要があると思っています。


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(撮影:前川俊幸)

磯部:新しい取り組みに対して、後ろ向きな人も前向きな人もいるけれども、誰もがそれぞれに不安や躊躇を抱えるものでしょう。医療従事者の方々などとの対話を通じて、現場の実情もふまえた研究成果を政策立案につなげていくことがとても大事だと感じました。

鳥谷:医療界だけでなく、社会全体が変化を受け入れ、それに合った法制度やガバナンスを一緒に築き上げていく必要がありますね。

宮田:私の周辺でも官僚から現場へ戻り、政策と現場をつなごうとしている方がいます。そのような動きが増えていけば、多くの領域で変化が生まれていくでしょう。様々な課題がありますが、ダイバーシティやインクルージョンなど様々な観点から協力し合い、社会と対話を進めながら、新しい動きにつなげられればと考えています。

河嶋:本日は宮田先生から多くの課題をお示しいただきましたが、法的な観点だけではなく、医療やシステムデザインなどの観点も交えて検討する必要がありそうです。KGRIでは分野を超えた対話を通じて継続的に取り組んでいきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。


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左から:安井正人、鳥谷真佐子、宮田俊男、磯部哲、河嶋春菜、加藤靖浩
(撮影:前川俊幸)

【注釈表記】
2022年1月27日 三田キャンパス東館G-Labにて実施(対面+オンライン形式)
※所属・職位は実施当時のものです。