インタビュー:松久直司 先生

柔らかく伸び縮みする電子デバイスは、どんな未来を映し出す?


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松久 直司(理工学部 専任講師)

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聞き手:浅井 誠(KGRI 特任教授)


 朝起きるときや日中に活動しているとき、さらには体を休めている時にいたるまで、私たちの日々の生活はさまざまな電子デバイスによって支えられている。特にスマートフォンやスマートウォッチに代表される可動式の情報通信デバイスは、日常生活に切っても切り離せない存在と言っても過言ではない。

 これまでの電子デバイスといえば、小型化や軽量化を繰り返しながら私たちの生活シーンに浸透してきた。しかしデバイスの小型・軽量化は技術的な限界に近づきつつある。そこで、次に獲得しようとしている特徴が「伸縮性」だ。慶應義塾大学理工学部専任講師の松久直司はKGRIスタートアップ研究として、未来社会の生活を支えるかもしれない「伸縮性電子デバイス」がもたらすヘルスケアシステムの研究を進めている。

 まるで絆創膏のように肌に貼っても違和感なくしなやかにフィットする電子デバイスはどんな利点があるのか、そして伸縮性電子デバイスを活用する未来の生活とは一体どのようなものなのか。松久本人に聞いてみた。

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『伸縮性』電子デバイスとは?

 身の回りにある電子デバイスの代表格であるパソコンやスマートフォンといった情報端末の姿を想像してみよう。おそらく金属や強化プラスチックの躯体の内部に、電子部品が詰まっているものが頭に思い浮かぶのではないだろうか。もちろん持ち運ぶことは可能だが、うっかり落としたりぶつけたりしたりすると割れてしまうこともある。現在使われている電子デバイスは基本的に「硬い」ものであるからこそ、利用シーンを増やすために小さく軽く、さらにはしなやかに薄くなるように技術を尖らせてきた。その究極が急速に市場を拡大しているウェアラブル端末だろう。しかし近年は、その先を行く電子デバイスの研究が進んでいる。それが「伸縮性電子デバイス」だ。「例えば、私たちの体は柔軟でかなり伸び縮みします。この柔軟な変形に追従するような姿のデバイスができれば、もはや本体を小さくする必要はありません。身につけていても行動の邪魔にならず違和感すら生まないのであれば、デバイスの大きさは大きくても問題ないはずです」と松久は話す。

 電子デバイス分野は、めざましいスピードで発展を遂げている。10年前だと夢物語だったようなウェアラブル端末を使ったデータ取得も、今では日常の風景だ。分野成長のスピード感も、伸縮性電子デバイス研究が注目される一因だという。「伸縮性電子デバイスに対するニーズは今、とても明確になってきています。ウェアラブル端末で取得できる情報が医学的に高い価値を持つことはわかってきましたが、長期間連続した生体情報を高精度で取得することはまだ困難です。そこで次世代に必要となる特性が『伸縮性』だろうと、世界的にも注目されているんです」。

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デバイスが伸びると、何が嬉しい?

 新たな未来の日常を創り出す可能性を秘めた「伸縮性電子デバイス」だが、実際に研究を進める上でどのような利用シーンを想定しているのだろうか。もちろん前述の通り、装着した人の体温や脈拍などといった生体情報を、違和感なくストレスフリーに常時センシングするセンサとしての利用シーンはイメージしやすい。しかし、それ以外の形もイメージしていると松久は続ける。「私たちが開発しているものは基本的に『膜』のような姿をしています。伸縮性のある薄い膜を、肌に貼り付けて使用する感じを想像してください。例えば手の甲や指先に『伸縮性ディスプレイ』を直接装着できれば、普段忘れがちな情報を目立つ場所に、タイミングを見計らって表示することができます。もしかすると、周辺の環境光に合わせて顔色を変えられるようなディスプレイだって作れるようになるかもしれません」。伸縮性は肌に直接貼り付ける以外にも、便利さを発揮する。例えば衣服や布地にデバイスを貼り付けて柄を変化させることができれば、新しい舞台演出やファッション表現も可能になるのだ。

 一方で、人に限りなく近づくデバイスだからこそ気をつけねばならなくなる点もある。健康・医療分野で活用する生体情報は、プライバシーや倫理上、法律上の観点から慎重に扱わざるを得ない。かといって全ての課題がクリアになるまで議論を続けていると、本来受けられるサービスが提供できないままになる。伸縮性電子デバイスはまだ社会実装前だが、社会実装された際には大きなインパクトを生み出すことは間違いない。だからこそ、事前にELSI(倫理的、法的、社会的な課題)についてどのような問題やリスクが想定されるのか、すでにリストアップを進めているという。「事前に想定できていれば、技術的に対策を考えることもできるでしょう。実際に触れる前から『ややこしそうなデバイス』というイメージが先行してほしくはないので、ゲームやVR/ARのようなエンタメ分野で活用してもらうことにより利用する際の心理的ハードルをまず下げる、ということも視野に入れています」。

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手数の多さが実現する、数々の研究成果

 大学時代に電気電子工学科に所属していた松久が、当時の研究室で扱っていたテーマの1つだった伸縮性電子デバイス研究を始めたきっかけは"純粋な面白さ"だったという。「ゴムって電気を流さないって習いますよね。それが電気を流すようになるとは、なんて面白いんだと思ったんです。でも材料研究をするような学科ではなかったですし、当時実験で使っていた材料はほぼ企業からいただいたものばかりでした」。そこで、興味があるなら自分で材料から作ってみようと思い立ち、材料の知識がまるでないところから興味ベースで研究を進めることになったと、当時を振り返る。

 面白さや不思議さに触発されて手当たり次第実験を重ねた結果、修士課程と博士課程の時にそれぞれ大きな研究成果を上げることになる。「自分の想像を超えるような出来事が、日々の実験ではよく起こります。そこで何が起きたのかを見極める観察眼が大事だと、思い知りました」。直近の研究成果には、2021年12月に英科学誌「Nature」に掲載されたものがある。これはすでに既存の電子デバイスで用いられるほどの高周波で動作を行うことができる伸縮性半導体の開発に関する論文だ。ただデバイスの伸縮性が確認できただけでなく、アンテナ・センサ・ディスプレイを集積化して伸縮性を保ったまま無線駆動できるシステムの動作確認にも成功している。これまで積み上げてきた数々の研究成果を生み出した松久の強み、それは実験の「手数の多さ」だ。もちろん理論的な検証も大事だが、実際に使う材料は理論を満足するほど条件が整っていないものも多い。実験前に理論を考えることも大事だが、手を動かして得た実験結果をベースに考えることも、同じくらい大事にしているという。「手数の多さを支えているのは『楽しさ』です。世界でまだ誰も見たことがない壁に対するのが楽しい。とはいえ、もちろん自分が楽しいからやれているのであって、みんな研究室にいるんだったら手を動かせっていう意味ではないですからね」と、笑う。

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異分野融合によって見据える、デバイスの社会実装

 一つ一つの壁を圧倒的な手数の実験で打ち破ってきた松久だが、行く先にはまだまだ壁が待ち構えている。これまでの伸縮性材料は、電気的な性能が良くてよく伸びるという部分が重要視されてきたが、具体的なデバイスを設計するにはそれだけでは足りない。材料上に回路などを高精細にパターニングする技術も必要だ。また、生体適応性を上げるため化学的に安定、かつ安全な材料を使わなければならない。さらに近年は伸縮性導体だけでなく、伸縮性半導体の研究が盛んだ。半導体が伸縮性を持つことで、伸びるカメラ・伸びる光センサ・伸びるディスプレイなどが実現可能になる。もちろん本体部分の開発だけでなく、伸縮性半導体の性能を最大限引き出すような周辺材料も開発せねばならない。伸縮性電子デバイスの研究は、世界でどんどんと熱を帯びているのだ。松久は自身の研究について、今後の展望をこう語る。「みんなが見たことない電子デバイスを実現して、社会の人をあっと言わせることをモチベーションとしてやってきましたが、最終的にはしっかり社会実装できればと思っています」。

 松久の伸縮性電子デバイス研究は、KGRIスタートアップ研究という枠組みの中で取り組まれている。ここKGRIというプラットフォームは、伸縮性電子デバイス研究にとってプラスな面が多いという。「実はあまりどんな場所か知らずに応募したのですが、審査の時にいただいた『社会実装されるとなれば、倫理学や法学といった文系的な問題や視点が非常にある研究だよね』というコメントが印象的でした」。社会実装を考える上で、技術面以外の課題について考える視点はこれまであまり持っていなかったと話す松久だが、研究の方向性や今後の問題点を考える際に、文系・理系、また分野も飛び越えたさまざまな研究者と繋がることが容易にできるKGRIの環境はとても恵まれていると感じているようだ。「伸縮性電子デバイスを作るためにこれまで培ってきた知識は、自分の分野以外の研究でも使えるものが多いはずだと考えています。KGRIでさまざまな研究を進める方々と連携していく中で、徐々にではありますが『自分だけの分野』を作り上げていけたらと思っています」。


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撮影:石戸 晋

2021年11月29日 取材 ※所属・職位は取材当時のものです。