観想研究センター(SU)

   

センター概要

近年、教育・医療・福祉・経営・政治等の様々な分野において「観想的実践」(Contemplative Practice)の重要性が注目されている。観想的実践は、心身の統合を基盤とし、身体感覚への気づきと、あらゆるものとのシステミックな相互依存性への気づきを育み、明晰かつ倫理的な意思決定のもと創造的循環型社会に向かうための、様々な学びの技法や文化的習わしを指す。本センターは、ウェルビーイング、創造性、社会的変容を促し支えるための<観想的実践の研究・教育 (Contemplative Studies/観想研究)>の拠点として、国内外で教育プログラムやワークショップおよびアートイベントを提供し、観想的アプローチの学際的研究を理論的かつ実証的に推進する。観想研究は、科学的アプローチと主観的経験および多様な文化からの古来の叡智を統合する学際分野であり、身体化された統合的知を重視する。本センターは日本での観想研究のグローバルハブとなると同時に、世界的に展開する観想研究の日本の拠点として、特に日本の思想文化や風土と観想のかかわりを研究対象とし、独自の創造・発信を目指す。

背景

孤独・自殺・ストレスなどのメンタルヘルスに関わる問題から、戦争や地球環境破壊というグローバルシステムの問題まで - 近年の様々な社会課題の背景には、近代の二項対立的世界観がもたらす身体(身体的作用)とこころ(脳中枢的作用)の区別や自己と他者、人間と自然の区別の強まりがあると言える。デカルトを嚆矢とする近代科学は、専ら脳中枢的思考を第一義とし言語記述や数式を具体性の高いデータとして尊重することにより発達を遂げてきたが、行き過ぎた脳中枢優越による社会が全体主義や相対主義、ポストトゥルースなどを生んだことも新実在論その他により指摘されている。動植物は、脳中枢的思考ではなく身体性思考(指向)により環世界を慈しみ利他的行動原理を共有することによって種を存続させてきた。持続可能な地球社会の実現には、人間における脳中枢的作用と身体的作用が調和、さらには人間中心主義からあらゆる生命体への畏怖の念に基づくポストヒューマニズムの存在論に向かう必要がある。その鍵となるのが、観想的実践による自己・社会・システムの内側からの変容である。「わたし〜社会〜システム」との「つながり」を身体感覚を通して体験的に理解できるようになるための学びのプログラムを導入することで、「感じる力」「生き抜く力」「思いやりとつながり(利他)に基づく相互依存的な関わり」を社会全体として取り戻す方向性を示す。

目的

塾内外の多分野にわたる研究者、心身技法の実践家や芸術家、学校現場の教師や医療従事者、政策決定者や地域コミュニティとの連携による共同研究プロジェクトを運営する。先端技術と日本の地域の風土に根差す身体性・精神性と教育・医療をつなげることで、これからの時代にこそ必要となる実学の取り組みを目指す。方法としては、①基礎研究 ②実践と実装 ③測定と実証の円環プロセスを通じて、ウェルビーイングと創造性を基盤とする持続可能な社会の実現を目指す。
①基礎研究
上記の前提として近代的存在論からの解放と統合が必要であり、その道筋となる新たな科学的アプローチの理論的枠組みを提示し、近年の生成系AIへの注目の集まりの文脈にも位置付けていく。考察の手がかりとしては、観想研究の領域で偉業を残している井筒俊彦の哲学を参照する。AI研究では、特にインターフェース設計において人間のより本質的理解 - 特に身体性 - を熟慮した慎重な姿勢が求められている。身体性への傾向は近年AIの越境的性質を強め、神経科学や脳科学、ロボティクス、哲学などとの越境的協働をとおして身体性AIや身体性認知科学などの研究分野が活発になっている。このような趨勢は、ある種デカルト的身心二元論を基礎とすることで発展を遂げた近代科学・社会というものが、様々な領域においてその「基礎」に起因する限界にまざまざと直面したことにより、日本を含む東洋にはもともと根付いていた身心一元論的アプローチへ歩み寄らざるを得ない状況を招いていることを考察する。
②実践と社会実装
教育分野では、エモリー大学で開発されている観想教育プログラムSEE Learningの日本版を開発・導入・調査し、日本の教育システムの変容を促すことを目指す。すでにエモリー大学との共同研究のもと、国内での実施が展開されており教育現場からの関心が高まっているが、より本格的な社会実装に向けての研究と政策提言を目指す。さらにUC San Diego(Dr. Sara King)との共同研究として共感力とコンパッションを育むAIゲームを開発し、実証研究を日米で行う。
エネルギー分野および海洋科学分野では、神奈川県葉山町、山梨県北杜市、大分県中津市等でのフィールドワークを慶應大学・スタンフォード大学の学生と共に実施し、地域の伝統・風土・コミュニティから立ち上がる観想的なアートや学びの空間の共創から、創造的・循環的・ウェルビーイングな未来都市システム、海洋環境システムの実現を目指す。
医療分野では、マインドフルネスやコンパッションという観想的実践を取り入れた研修プログラムを、医学教育に導入することを目指し、金沢大学医学部や慶應義塾医学部との連携のもと、共同研究を実施する。医療従事者のバーンアウトの予防、レジリエンスの育成のためであり、医学教育そのものを問い直す取り組みともなる。
③測定と実証
②の実践・実装の効果測定と検証を行いつつ、測定方法そのものを批判的に省察し、従来の科学的方法論を問い直す。例えば、京都大学内田由紀子氏のInterdependent Happiness Scaleなどを参照し、東洋的な存在論をベースとする尺度や「場」を測定する可能性を検証する。東洋的知見に基づいた人間-自然モデルと科学的測定等を統合していくことで①②③の円環的取り組みを実践する。

活動計画

2024年3月7日 三田キャンパスにて国際シンポジウム開催: Educating the Heart and Mind in the Age of AI: Contemplative Education and Compassion-Based Ethics in Japan
2024年3月9日-10日 米国エモリー大学からのファシリテーターを招聘。教育者向けSEEラーニング研修実施
2024年3月 Mind and Life PEACE Grant 応募予定
2024年4月 ①②③共同研究プロジェクトの開始. ホームページ開設
エモリー大学CCSBEとの共同研究により、日本版教材の開発と提供. 学校現場の実施調査
2024年8月 SEE ラーニング教育者向け研修会実施
2024年6月-2025年3月 観想的アートイベントの実施
2024年6月3日-7日 Marine Socio-Ecological Systems Symposiumの企画として葉山町でcontemplative marine scienceのアートイベント
 Keio-Stanford LifeWorks Programとして葉山町・北杜市・中津市でフィールドワーク実施
2025年3月 観想教育研究国際ワークショップ実施(海外からの研究者・実践者招聘. ①②③のプロジェクト論文発表と対話・次年度構想

イベント:

  • 国際シンポジウム『AI時代における心の教育 - 観想的学びとコンパションの日本的展開/ Educating the Heart and Mind - Contemplative Education and Compassion-Based Ethics in Japan』(2024.03.07開催)
  •  ※プログラムはこちら
  • SEEラーニング教育者向けワークショップ開催(2024.3.9-10開催)

  • SDGs

    4. 質の高い教育をみんなに4. 質の高い教育をみんなに
    9. 産業と技術革新の基盤をつくろう9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
    11. 住み続けられるまちづくりを11. 住み続けられるまちづくりを
    14. 海の豊かさを守ろう14. 海の豊かさを守ろう
    15. 陸の豊かさも守ろう15. 陸の豊かさも守ろう
    16. 平和と公正をすべての人に16. 平和と公正をすべての人に
    17. パートナーシップで目標を達成しよう17. パートナーシップで目標を達成しよう

    設置期間

    2024/03/01~2026/02/28

    メンバー

    ◎印は研究代表者

    氏名所属研究機関職位研究分野・関心領域
    ◎ 井本 由紀 理工学部 准教授 教育人類学・観想教育
    新妻 雅弘 システムデザイン・マネジメント研究科 准教授 認知科学・音響工学・AI・体運動習性
    粂川 麻里生 文学部 教授 ゲーテ自然科学・身体論・色彩論
    山形 与志樹 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 持続可能性・脱炭素化・地域創造
    佐渡 充洋 保健管理センター 教授 精神医学(認知行動療法、マインドフルネス)、産業精神保健、学校精神保健