スピントロニクス研究開発センター

   

センター概要

「スピントロニクス研究開発センター」は、慶大が日本のスピントロニクス研究の中心的役割を果たすことを目的として、基礎から応用の幅広い領域で世界をリードする研究成果を発信する。スピントロニクスとは、物質の電気特性と磁気特性の双方を制御することにより得られる新しい物理現象を見出し、その成果を電子・情報通信産業のイノベーションに結びつける新しい学術分野である。その創成と発展には、本塾の研究者と出身者が大きく寄与しており、今後の基礎学問としての更なる発展と産業界における応用を先導するためにスピントロニクス研究開発センターを設置した。

2021年度事業計画

■前年度より継続する活動内容について、継続する背景・根拠と目標

前年度に引き続き、本センターは、塾内のスピントロニクス研究者の拠点、 および国内外のスピントロニクス研究者間の連携を推進するスピントロニクス連携ネットワークの中心としての任務を遂行する。
具体的には、下記の5つの活動を継続することにより塾内のスピントロニクス研究の充実、若手育成を行い、前年度実績を上回る成果を上げることを目標とする。

継続する活動内容

  1. シンポジウム/研究会の共催・協賛
  2. 広報・アウトリーチ活動
  3. 国際会議派遣補助
  4. 慶大理工学部の研究共有スペースを利用したセンターの研究スペース拡充
  5. 最先端スピントロニクスデバイス研究に必要な共用設備料金の補助
■2021年度の新規活動目標と内容、実施の背景

本年度は、上記(前年度より継続する活動内容)の活動に加えて、次年度以降の活動規模を大幅に拡大するために、スピントロニクス連携ネットワーク事業を通じた人・もの・知財の大学間連携を充実させる。すでに、日本のスピントロニクス分野の研究者コミュニティの代表として、東京大学、東北大学、大阪大学、京都大学、慶應義塾大学の拠点5大学が「スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク(Spintronics Research Network of Japan, Spin-RNJ)」拠点形成計画を「学術研究の大型プロジェクト-ロードマップ2020」として応募し、最高評価ランクでこれに採択されている。
これは、重点的な国費投入(文科省・大規模学術フロンティア促進事業)が必要な研究分野を評価・認定するものであり、慶大のスピントロニクス研究において大型予算を獲得するチャンスが大きく広がるだけでなく、拠点大学間の人材交流を通じた学術領域の発展と国際競争力の向上に繋がる。また、これらの予算を活用してセンターオフィスと共通研究スペースを開設し、センター所員の有機的な連携を実現することにより、スピントロニクス研究において新機軸を生み出す。

2020年度事業報告

■当該年度事業計画に対する実施内容、および研究成果と達成度

本年度は、電子スピンを利用した全く新しいデバイス応用に結び付ける研究を実施し、次のような成果を得た。
(1)「物質中の音波を用いた新しい磁気生成法の開発」磁気回転効果は、物質の磁気の源が電子の回転運動であることを示す普遍的な物理現象であり、全く新しい磁気制御方法として期待されていた。しかし、その効果の大きさは、最新の遠心分離器で回転させても地磁気よりも弱く、物質の磁気制御に使えなかった。研究グループは、1秒間に10億回以上の速さで原子が局所的に回転する音波がニッケル鉄合金磁石に巨大な磁気回転効果(地磁気の10万倍以上)を発生することを世界で初めて発見した。
(2)「巨大な非相反性を持つスピン波ダイオードの開発」磁石と半導体を組み合わせた複合材料において、音波の注入方向と磁気の向きにより、磁気の波「スピン波」の振幅を大きく変調できることを発見した。従来の方法では、磁石をナノメートルスケールの厚さにすると順方向と逆方向に伝搬するスピン波の振幅が同等になり、スピン波の整流動作を実現することが困難だった。本研究グループは、膜厚が20ナノメートルの薄膜ニッケル磁石と400ナノメートルの半導体シリコンを組み合わせたニッケル/シリコン複合材料(複合材料)を作製し、逆方向のスピン波振幅を順方向の12分の1以下に低減できることを明らかにした。
特に(1)の成果は、中国科学院大学カブリ理論科学研究所との国際共同研究の成果であり、本センターを介した密接な研究交流によるものであり、当初の目的を達成している。

■公刊論文数(件数と主たる公刊誌名)、学会発表件数(国内・国際)、イベントなど社会貢献の実績(年月日、場所)

(1)公刊論文数:10報
Physical Review Letters (IF=8.385 @2019), Physical Review Applied(IF=4.57 @2018) など

(2)学会発表件数:(国内)17件、(国際)7件

(3)イベントなど社会貢献の実績:12件

  • Spin-RNJ若手オンライン研究発表会(2020年6月3日~4日、267名参加)の開催(東大・東北大・阪大・慶大による共同開催)
  • 電気学会A部門マグネティクス研究会「ナノスケール構造磁性体,磁性材料,磁気応用一般」(2020年8月3日,オンライン)
  • 第25回「半導体スピン工学の基礎と応用」(PASPS-25) 研究会(2020年11月17日~19日,オンライン)
  • 電気学会A部門マグネティクス研究会「高周波磁気工学、ナノスケール構造磁性体、スピントロニクス、マイクロ磁気、磁性材料・磁気応用一般」(2020年12月8日,オンライン)
  • スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点(Spin-RNJ) 2020年度年次報告会(2021年3月9日,オンライン)
  • 日本物理学会第76回年次大会シンポジウム「スピントロニクスによる古典情報と量子情報科学技術の融合」(2021年3月12日,オンライン)
  • 日本材料科学会マテリアルズ・インフォマティクス基礎研究会(2021年3月,オンライン)※リアルタイム講演+オンデマンド公開
  • Computational Materials Design (CMD) ワークショップ第37回(2020年8月31日~ 9月4日, オンライン)第38回(2021年2月22日~ 26日, オンライン)
  • スピントロニクス入門セミナー第19回(2021年1月7日~8日,オンライン) など
■センター活動を通じて特に成果を挙げた事柄

研究成果において、実用化に向けた展開が期待できるものとして、(1)表面弾性波におけるスピン流源の空間分布を調査した研究の副産物である「スピン波の巨大な非相反性の発現」と、(2)表面弾性波の格子回転の定量評価実験で発見した「音波を用いた磁気回転効果」が挙げられる。(1)では、Si/Al複合材料において、表面弾性波を用いたスピン波励起の非相反性がSiの膜厚により劇的に増強される現象を実験的に検証した。スピン波を用いた高速・省電力な情報通信・論理演算を実現するスピン波デバイスにおいて、動作の実現に不可欠なスピン波ダイオードの性能を飛躍的に向上できる研究成果である。また、逆方向のスピン波振幅をほとんどゼロにできるため、マイクロ波からスピン波への信号変換を磁石の磁気の向きによりオンオフ制御するスピン波スイッチとしても実装可能である。さらに、複合材料におけるスピン波の非相反性は、スピン波と結合する表面弾性波の非相反性も生み出す。表面弾性波を用いた従来型SAWフィルタ素子では、送受信アンテナ間における入射波と反射波の干渉がデバイス性能の低下や故障の原因となっていた。今回開発した複合材料により表面弾性波の非相反性を生み出すことで、逆方向に伝搬する入射波と反射波の干渉を低減できるため、スマートフォンなど高度な情報処理を行う無線通信端末で広く利用されているSAWフィルタ素子の性能向上が期待できるなど、通信産業界にも大きな波及効果がある。さらに、物質中を伝搬する音波を整流する弾性波ダイオードなど、全く新しいデバイス創生が見込まれる。
(2)は、回転運動の保存則に基づく普遍的な効果であり、磁石の性質とは無関係なので、すべての最先端磁気デバイスに応用することが可能である。ジュール熱を伴う電流に比べてエネルギー損失の少ない音波を用いたスピンデバイス動作に大きく道を拓くものであり、スピンデバイス(MRAMをはじめとするスピンメモリ、スピン波を用いた論理演算デバイスなど、省電力・高速動作を必要とする人工知能回路の基本構成部品)の大幅な省電力化の実現につながる。
本件は、2020/04/01付、および2020/05/28付でプレスリリース(JSTと慶大の共同リリース)された。

SDGs

12. つくる責任 つかう責任12. つくる責任 つかう責任

設置期間

2021/03/01~2024/03/31

メンバー

◎印は研究代表者

氏名 所属研究機関 職位 研究分野・関心領域
◎ 能崎 幸雄 理工学部 教授 磁性物理学、スピンダイナミクス、ナノ物性
伊藤 公平
(-2021/5/27)
理工学部 教授 薄膜・表面界面物性、結晶工学、応用物性
江藤 幹雄 理工学部 教授 物性物理学、半導体、メゾスコピック系、量子ドット、ナノテクノロジー
斎木 敏治 理工学部 教授 ナノフォトニクス、半導体量子構造、相変化材料工学、ナノバイオセンシング
白濱 圭也 理工学部 教授 物性 II
松本 佳宣 理工学部 教授 センサ、IoT、センサネットワーク、マイコン・電子回路、機械学習
的場 正憲 理工学部 教授 強相関電子物理、固体物性、物質設計、探索的材料物性
神原 陽一 理工学部 教授 超伝導、相転移、磁性、電子構造、新物質
田邉 孝純 理工学部 教授 フォトニックナノ構造、微小光共振器、省電力光デバイス、超高速光技術、光集積回路
早瀬 潤子 理工学部 教授 ナノ構造化学、ナノマイクロシステム、光工学・光量子科学、物性Ⅰ、原子・分子・量子エレクトロニクス
牧 英之 理工学部 教授 ナノ物質、ナノデバイス、材料物性
山本 直樹
(2021/6/9-)
理工学部 教授 原子・分子・量子エレクトロニクス、制御・システム工学
渡邉 紳一 理工学部 教授 光物性物理学、テラヘルツ分光、超高速分光
安藤 和也 理工学部 准教授 スピントロニクス、スピン量子物性
太田 泰友
(2021/6/9-)
理工学部 准教授 ナノフォトニクス、量子情報処理、トポロジカルフォトニクス、ハイブリッド集積、量子エレクトロニクス
栄長 泰明 理工学部 教授 光機能性材料、ナノ粒子・薄膜、ダイヤモンド電極
海住 英生 理工学部 准教授 磁気エレクトロニクス、ナノ科学