座談会・インタビュー

対 談

日本の百寿者研究のエキスパート 新井康通
長寿先進国だからこそできる、日本の高齢者マーケティングのパイオニア 清水聰


2018年3月5日、公益財団法人ハイライフ研究所と慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)長寿クラスター共催による第30回ハイライフセミナー「超高齢社会の生き方のヒント」が開催されました。
http://www.kgri.keio.ac.jp/news-event/041881.html
その講師として、本塾から新井康通先生(医学部)と清水聰先生(商学部)が登壇し、異なる分野の専門家が出会うこととなりました。

セミナー終了後、それぞれの講演からお二人が何を感じ、考えたのか、またKGRIのめざす文理融合研究、領域横断研究という視点で対談いただきました。

新井康通(あらい やすみち)
慶應義塾大学医学部百寿総合研究センター専任講師
1991年慶應義塾大学医学部卒業
日本内科学会認定医・総合内科専門医
日本老年医学会認定医・専門医・指導医
日本動脈硬化学会認定医・専門医
清水聰(しみず あきら)
慶應義塾大学商学部 教授 
1986年慶應義塾大学商学部卒業。88年同大学院商学研究科卒業。91年同大学院商学研究科単位取得退学。05年博士(商学)。
専門領域:消費者行動論,マーケティング戦略

新井:慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターで専任講師を務めております、新井康通です。研究テーマは「健康長寿」で、百寿者の方、85歳以上の高齢者の方をターゲットとして、さまざまな観点から「超高齢者の生き方」研究対象としております。
もともと私は、老年科医という高齢者専門の内科医として、臨床に携わってきました。大学病院の多くの医師がスペシャリストを志す一方で、私は「ジェネラリスト」としてこの道に進んだのです。

病気や性格、心の持ち方など長寿の方がどんな人生を送ってきたか、医学的な部分以外も含めて知るというのが、百寿者研究のあり方です。100歳まで生きること自体凄いと思いますが、研究を進めていくと、自立している人ばかりではないのです。当然、年齢を重ねるにつれて段々「健康」というのも失われていくことは間違いありません。いわゆるダウンサイドの状態の時に、たとえ身体が健康でなかったとしても、心が満足できるとか、幸せ感を感じられるとか、そういう側面の研究をこれから大切にしていきたいなと感じています。

清水:日本における百寿者研究は、近隣諸国に比べて「人口が多い」という部分で研究しやすいというのもあるんですか?

新井:数だけ比べると、百寿者が一番多いのはアメリカです。これは、アメリカの人口は日本よりも2倍以上という理屈からです。ところが、人口あたりの百寿者を計算すると1位は日本なんです。これは百寿者研究を行う上で有利です。日本同様、人口の割に百寿者が多いのがイタリアです。イタリアも高齢化の進行に併せて、百寿者研究も進んでいます。面白いのは、各国で特徴のある研究をしている点ですね。たとえばイタリアでは歴史的に免疫系の研究が進んでいます。
対して慶應大学では、百寿者の包括的、学際的な研究を目指していて、医学的見地だけでなく幸せ感といったトータルな面で研究を行っています。もう一つの特徴は、100歳の中でも「スーパーセンチナリアン」と呼ばれる特に高齢の方の研究が進んでいるところです。
一方、アメリカはいくつかの大学や研究機関が、その施設毎に独特の研究体制を持っています。やはり、遺伝子関連の研究には強い印象ですね。 感じるのは、各国お互いを意識しながら「研究を行っているな」ということです。もちろん共同研究もしますし、情報交換も盛んです。

新井:清水先生は、どのような研究を行っていらっしゃるんですか?

清水:私は、商学部でマーケティング専門の教授をやっております。マーケティングの中にもいろいろ種類があるのですが、私がやっているのはConsumer Behaviorという「消費者行動」について、いわゆる消費者が何を考えて物を買っているのか、物を選ぶ際にどういう基準で選んでいるのか、といった部分を研究しています。なぜ、それが大事なのかというと、マーケティングのメインは、「企業と消費者」という部分にあるからです。消費者に物を買っていただく場合、消費者はいったい何を考えて物を選んでいるのか、どういう情報を見ているのかが極めて重要になってきます。

つまり,消費者の動向を押さえることで、広告メッセージの打ち方や、特売のタイミング、あるいはどういう新製品を作ったら売れるのか、そういう「行動」の部分に結びついていくわけです。
私はマーケティングを行うのであれば、やはり消費者行動がメインだと考えて、研究を続けています。
それから、これは私の展望(野望?)なのですが、実は日本はマーケティングでとても優れた部分を持っていると思っています。当然、日本がマーケティング後進国の時はあったとは思いますが、今はアメリカに行って日本の車がこれだけ走っている。世界遺産に行けばみんな日本製のカメラ持っている。これは、単に技術が優れているだけじゃなくて、おそらくマーケティングにも絶対優れている部分があると思うのです。その優れている部分をしっかり世界へ発信していくということが大事なんじゃないかなと思っています。

百寿者の行動と生き方に共通する、「開放性の高さ」

新井:本日の清水先生のお話で、大変興味深かったのは消費者を「群分け」する方法です。あれって、なにか定義があるんですか?

清水:消費者を5分類する「キキミミパネル」のことですね。企業秘密のところもあるのですけど(笑)。簡単に言うと、情報感度とライフスタイルを組み合わせたものです。そのライフスタイル感度をどうやって見つけようか、という際に注目したのが、商品のブランドや商品名といった銘柄に関わる部分です。実際に大学ごとにどんな車を購入するか、どんな時計を購入するかアンケートを取ったのです。すると面白くて、出身大学ごとに購入する商品に傾向が現れます。

新井:いやなるほどね、わかりました。先生のお話を伺って面白いなと思ったのは、私たちの研究結果と共通する部分ですね。
百寿者の性格の調査をしていると、共通している性格の一つに「開放性の高さ」が挙げられるんです。ここでの開放性の高さという意味は新しいものが好きで、受け入れていく、「変化をしていく」という意味です。そこで先生の「キキミミ」さんが、こことマッチするなと思ったんです。「学歴が高い人が長生きする」というのは、日本だけじゃなくて、世界のどこに行っても一緒ですけど、たとえば学歴が高い人のほうが喫煙率が低いとか、肥満率が低いとかね、そういう健康行動、言ってみればライフスタイルの分析っていうのは非常に長寿の指標になり得るなと思いましたね。

清水: その「開放性の高さ」という意味では、金額的にはわかりませんが、消費に積極的なほうが長生きする、というのはあると思いますね。とは言っても亡くなるまで追いかけていないので正確なところではわかりませんが。しかし少なくとも、新井先生のおっしゃる「元気な高齢者」というのに消費行動を積極的にする「キキミミ」のライフスタイルが合致している、当てはまる要素を持っているな、と新井先生のお話を聞いて実感しました。

新井:以前、百寿者の方々の性格の分析をしたときに神経症性と呼ばれる、いろんな細かいことを気にするタイプの人が男性にはちょっと多かったんです。それって「早めに病気に気づいてちゃんと対策を打てる人なんだな」って今日先生の話を聞いて思いました。
何を食べるかとか煙草を吸うとか、そういうことではなくてそもそも「どんなライフスタイルを選択するか」というところが分類できれば、これは長寿の予測ができるのかな、と。

清水:選択イコール行動っていうことですもんね。

新井:そうです。その人の行動原理みたいなものを分析できれば、長寿の予測が立てられるのかなと。

文理融合に見る「研究方法の融合」

清水:私が面白いな、と思ったのは調査の方法に関する両者の違いですね。私らの調査では、大量観察がメインなのでインターネット上でガバーっとデータを取る方法がほとんどですが、新井先生は百寿者の方ひとりひとりにインタビューをされていましたよね。今後、私らの調査も対面でのインタビューを行った方がより確実な裏を取ることができると思いました。

新井:インタビューをすると特にわかるのですが、年齢が同じ85歳,同じ100歳でも中身はみんな同じではないんですよね。高齢者になればなるほどバリエーションは広がるのです。ですから100人とか200人ではなくて、もっと大勢の方を調べる必要があるのです。

実は医学からいうと、どれくらい運動したほうがいい、どれくらい食べたほうがいい、っていう基準は70歳までのデータしかありません。70歳以上はすべてひとくくりで捉えられています。これだけ日本で高齢化が進んでも、未だに健康づくりの基準はつくられていないんですね。だからこそ私たちはなんとか85歳の人の基準をつくりたいと思っていますね。その点では70歳以上の消費行動の基準は清水先生の研究データ上でていますよね?

清水:そうですね、これもまた興味深いデータなのですが、今マーケティングの世界で調査はほとんどインターネットによるものなのですが、70歳以上の人の正しい回答をこれだけ確保できる国って日本しかないんです。

新井:へぇ~、そうなんですか?

清水:おっしゃるようにアメリカでも回答は取れるんですよ。人口的には日本より多いですしね。ただアメリカって、普通に調査をしても2割5分くらい嘘つきがいるんですよ。特に年配になると、面倒になるんでしょうね、嘘つきの割合が上がってしまうんです。 そういった意味でも、70歳以上の正確なデータを出す正直者の国として日本は貴重であるといえますね。

新井:医学研究としては、百寿者の方に30分~1時間程度のインタビューをお願いしています。物忘れチェックとか、血液分析といった部分に加え、さらに医学的には,脳の老化や心臓の老化といった「老化のメカニズム」に関わる部分の調査・研究が大切だと思っています。認知症の予防など、百寿者研究を実際の医学の発展に応用しようと思った際には、もう少し臓器に特異的な老化を評価していく必要があるからです。
逆に医学研究じゃない部分、百寿者の方々も次第に健康ではなくなっていくんです。その「健康じゃない」時でも満足感や,幸せ感と呼べるものが健康の他に用意されてもいいんじゃないか,と思います。つまり健康に生きることが「目的」ではない、というような。

清水:確かに、私たちは健康であることが一択で、歳を重ねれば重ねるほど、生き方が「病気にならない」という一択になるような気がしますね。他の可能性をあまり考えていない。

新井:そうですよね。健康じゃなくなった途端に研究対象から外れてしまう、ということではなくて、やっぱり健康「以外」に関する、幸せ感や満足感といった部分は医学の範囲を超えて、文理融合研究で考えていけると良いなと思います。その部分、我々医者はあまり得意じゃないのですが...。

長寿社会を文理融合の両面から見つめて、みんなで考えたい

清水:マーケティングの研究者として、私は「人が長生きする」っていうのと、「商品が長生きする」っていうのと、似ている部分があるんじゃないかと思っています。例えばロングセラーブランド、例えばカルビーのかっぱえびせんや、トヨタのクラウン、コカ・コーラなどがその代表例ですね。これらのロングセラーのものは、年配のファンしかくっついていかない商品もあれば、どこかでリニューアルすることによって若い人にも好かれるものもある。
何かここに、モノでも人でも長生きをするコツがあると思っています。ロングセラーの商品と、長寿の人が持っているバイタリティみたいなものは研究で活かしていけるんじゃないか、多分似たロジックがあるんじゃないかと思っています。そこを読み解いていくことが、文理融合で絶対研究できる部分じゃないかと。

新井:それは面白い発想ですね。何か通じる部分があるのかもしれませんね。
私は、最終的に百寿者研究、健康長寿研究は「長寿,長生きが喜べる社会」の創出につながることが大前提だと思っています。これだけ高齢者が増えて、認知症をはじめとする高齢になることで出て来る健康問題がどんどん明らかになってくると、やっぱり若い人たちは不安になるじゃないですか。
だから、そのために私たちのアプローチは「できるだけ多くの方に健康でいてほしい」ということですが、一方で限界があります。健康は理想ではあるんですけど、みんながみんな100歳になるわけじゃない。いつまでも元気、健康でいられるわけではありません。では、どうすべきか?
それは、最後まで、健康じゃないかもしれないけど、幸せでいる、ということだと思うんです。これは日本に限らず全世界的に言えることだと思います。
これは国ができるか、というとそれは難しい。民間も頑張らなくてはいけませんよね。

清水:本当におっしゃる通りだと思います。私たちは同じ「トンネル」を別々の方向から掘っている、って気がしますよね。人口が減っている中で健康で楽しく過ごせる人たちに消費してもらわないと困る、そういう消費動向を私らは考えるわけですよ。その中で無駄に保険にお金を使わないで有効に使える、そういう商品が作れるのかなと思います。

新井:「将来に対する不安」というのをもう少しクリアにしてもらえたら、気の持ち方も変わると思うんですよね。介護にかかるお金はこのくらい、老後にかかるお金はこれくらい、という試算がより明確になれば良いなと思いますよね。
医学的には、将来的にもしかしたら遺伝子とかを検査することによって、ある程度病気や寿命の予測が可能になるかもしれないですけど、もう少し長生きの長寿社会のビジョンというものを、はっきりと示していくというのが私たちの役割だと感じました。清水先生がご専門としている消費行動等の範囲っていうのが、話をしてみると意外と同じような問題意識を持っているなと思いました。
やっぱり健康って個人の問題だけじゃなくなってきて、社会とかシステムの話になってきていると思います。ぜひ将来に渡って長生きを喜べるような社会にしていきたいですね。

清水:確究極的には、「自分が何歳まで生きるのか」という予測がアバウトでいいのでわかると、人生設計ができるのかなと思います。たとえば80歳±3.5歳まで行く確率が70%とかね。昔は変な話ですけど「定年55歳で70歳で死ぬ」みたいな、そういう寿命が安定してあったので、人生プランも立てやすかったと思うんですけど、それが長寿社会によって、わからなくなってきている。それが不安の元だと思うんですよね。
不安があればどうしても内向きになっちゃうし、内向きになっちゃうと私らから言うと消費はしないし、先生方からすると内向きになって外に出なければ健康じゃなくなっちゃうってことになるわけです。ある程度予想が立って、あなたは今80歳±3歳まで生きる確率70%って言われると、逆にそれより長く生きる確率が30%しかない、あるいは15%しかないって思ったら、じゃあもう少し頑張って外歩こうって思ったりするかもしれないですよね。
それこそ医学の面もそうですし、健康はそこがベースだと思うんですけど、未来の予測ができると、それならどれくらいお金残しておけばいいとか、逆算ができるようになりますよね。ぜひ、そこまで考えられる社会にしていきたいですね。

新井:百寿者の研究って、突き詰めれば高齢者の問題だけではなく、社会としての問題、みなが考える問題につながりますよね。
健康に関する意識が変わって、高齢者の人たちも、健康が「目標」ではなくて、健康を「価値」というもの、お金を投資するものに認識を高められることができれば、国の負担を増やすことなく、また大きく言ってしまえば「生きやすく」なるのかなと思っています。

清水:これだけ高齢者が増えて超高齢社会になってくると、高齢者ってもはや特別のことじゃないですよね。一般の消費者ですし。そういう中で私らも他の学部の生徒さんに高齢者の生活について講義することもだんだん多くなってきています。
例えば認知症の問題があって、自分の生活をマネージできなくなったときに、どうサポートするか、認知機能が落ちてきた人たちの預金管理や手続をどうサポートしていくか。
そもそもその人が株買えるの、買えないのとか、そういうところから、高齢者の健康問題は、医学だけじゃなく生活のところに来ていると感じています。そういう面ではベーシックな高齢者の健康に対する知識とか、ぜひ学部の学生さんにも共有してほしいと思いつつ、各学部の学生さんたちに色々なアイデアを出してもらって、ビジネスモデルに繋がっていけばいいなと思いますね。
こういう「高齢者」にまつわる問題は、介護用品売り場に行っただけで、いろんな学部が関係しているのがわかります。だからこそ、学部を超えた研究も意味がある。学部の中から最終的にただ良い研究結果が出ました、だけじゃなくて慶應の中からベンチャーが生まれてもいいのではないか、と思っています。医学部もあれば、商学部もあるんですから、慶應発のベンチャーも今後ぜひ生み出していきたいですね。健康な人がどういうものを食べているかがわかるから、たとえば学食でこういう食事をつくろう、とか面白くないですか?

新井 :「まさに実学」ですよね。

清水:医学部と商学部共同開発商品で売っても面白いですよね。「長生きのできるお菓子」で商学部がパッケージ担当で。医学部の先生と商学部の学生が一緒に考えてつくる商品が、長寿社会のイメージを良くする。それが慶應から発信できたら、こんなに嬉しいことはないと思います。

2018年3月5日 取材 ※所属・職位は取材当時のものです。