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【アーカイブ・シンポジウム】デジタル時代にメディアは「信頼」を構築できるかー「信頼指標」から考える(後編)

2022.08.19

Only available in Japanese

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2021年度より立ち上がった「2040独立自尊プロジェクト」の一翼を成す「プラットフォームと『2040年問題』」プロジェクト

2040年に訪れる超高齢社会の諸問題の解決策として注目されるのが、目まぐるしい発展を遂げているデジタルプラットフォーム。ニュースメディア業界でも、新聞や放送などの「レガシーメディア」に対し、デジタルプラットフォームの台頭が著しい。2040年に構築すべきニュースメディアをめぐる秩序を探求すべく、2022年5月18日にアーカイブ配信シンポジウム「デジタル時代にメディアは『信頼』を構築できるか 〜『信頼指標』から考える〜」が開かれた。

デジタルメディア全盛の現在において情報の受け手である読者・視聴者と発信者の間に「信頼」を構築する新しい手法として、メディアを一定の指標・基準に基づいて「認証・評価」する試みが始まっている。今回のシンポジウムでは海外で実際に認証・評価を実践している当事者をオンラインで直接繋ぎ、指標・基準の採用や認証・評価の実施に至るまでの経緯や問題点などの多角的な視点について積極的な議論を行った。ここでは、シンポジウム当日の様子(後半)を振り返る。

※前編(講演)はコチラ


5:ディスカッション

5人のパネリストからのコメントと提示された論点をきっかけとして、ラーマン氏、トフ氏を交えてのオンラインディスカッションが行われた。

*英語音声動画はコチラ


・ラーマン
ベンジャミンさんと私の話には共通点もあれば相違点もあります。まず相違点ですが、ジャーナリストは信頼や透明性を重視しているとベンジャミンさんは話されていました。しかし私たちが使う「透明性」という言葉を、市民の人たちはさまざまな要素に分解するのです。アジェンダは何なのか、報道の背景にどんな動機があるのか、ジャーナリストならではの情報源があるのか、などです。

一方で共通点もあります。報道を信頼しない人は、そもそもどうすれば信頼できるのかを考えることもありません。私たちの調査によれば、多くの人が信頼できる情報を欲しがっています。The Trust Projectで注目しているのは、その中でも「情報を欲しいけれども、どれを信頼すれば良いのか判定方法がわからない」人です。意思をもった判断を支援したいと思って活動しています。

・トフ
ラーマンさん同様、私たちも社会の中であまり報道に積極的な関与をしない人、あまり興味を示さない人に注目しています。そのようなグループに属する人たちでも、自分が報道から得る情報の中に矛盾するものがあることを知っています。情報源をどのように見分けたらいいのかもわかっていません。だからこそ、オンラインで得る情報源の差別化を支援できるツールがあれば良いと願っているわけです。

また、このような人たちは元々報道との接点を持ちません。だからこそ、プラットフォームに依存してしまう状況が生まれるわけです。プラットフォームの存在を無視することはできないでしょう。最終的には「プラットフォームへの信頼」対「報道機関への信頼」です。プラットフォームという大衆との接点において報道を楽しくないと思ってしまうことは、大きなハードルです。つまり、市民社会全体に対してと無関心層に対しては違う戦略が必要ではないかと思っています。

・ラーマン
プラットフォームの問題が出ましたが、だからこそThe Trust Projectを始めたのです。デジタル空間では全てがフラットに扱われます。だからこそジャーナリストとしては自らを差別化しなければなりません。この「違い」や「自分にとって重要な点」をユーザーが自分で取り出すことができるようにしたいのです。

・松本
私から2つ質問させてください。1つ目は山本さんが言及された「外部評価」に関わる点です。第三者から審査される側に立たされたメディアは、外部の人から内部の実態を事細かにチェックされるということでかなり抵抗をしたのではないかと推測します。欧米のメディアからは具体的にどのような抵抗があり、それをどのように説得されたのでしょうか。

・ラーマン
私たちはユーザーの声を聞くところからスタートしています。繰り返し出てきた声としては、ハイレベルな経済、財界、政治からの声だけではなく自分達と同じような等身大の人からの多様な声も聞きたいというものでした。そのため公の声を聞くということにおいて驚きはあったものの、メディアからの抵抗はあまり大きくありませんでした。

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私たちがジャーナリズムで行おうとしているのは「コマーシャルラベル」です。一般社会の人たちに報道側のアジェンダを知ってもらいたいのです。例えば広告コンテンツには明確なラベル付けを行いますよね。同じようにニュース報道なのかオピニオンの表明なのかも明確に理解できないといけません。報道側がスポンサーとのビジネスで行なっていることは区別できるようにしたい。また、メディアがビジネスと結び付いているという印象を払拭するために、資金提供者やオーナーからジャーナリズムが独立しているという説明も行っています。

・松本
2つ目の質問はプロジェクトの効果に関する調査結果についてです。The Trust Projectがテキサス大学に委託された調査では、信頼指標を実装したことによる信頼度の上昇は5段階中わずか0.2ポイントと微妙な数値でした。他方、The Trust Projectへの参加が課金への判断に影響するかという質問では、「より積極的に課金に応じる」が8%、「どちらかというとより課金に応じる」が25%でした。

これに対し、国際的調査会社のイプソス社が日本を含む28の国で39,000人の大人を対象に行なった調査では、27%の人が「信頼するに値する報道であれば課金する意思がある」と前向きに答えています。2つの調査の数値差について、どのように受け止めていますか。

・ラーマン
まず信頼指標に一定の効果が見られたことは、調査の重要な点です。ジョージア大学の調査では私たちのtrustマークがあるだけで信頼度がかなり上がることが、統計的な有意差を持って示されています。マークに意味があるからこそ、しっかりとしたエビデンスを持たねばなりません。私たちにはプレッシャーがかかっています。コンプライアンスチェックをして、マークへの信頼を高められるよう努力しています。

次に課金についてですが、研究による28〜33%の差は小さいと感じています。他のリサーチでもだいたい3割の人が信頼できる報道であれば喜んで課金するという結果が出ています。The Trust Projectとしても様々なパートナーと連携して、どのように信頼をロイヤルティーに変換するのかについてはチャンネルを作っていきたいです。


つづいて、ニュースプラットフォームへの課金に関する議論へとすすむ。

*英語音声動画はコチラ


・古田
信頼に関しては、個別のメディアに関する信頼と、ジャーナリズム業界全体の信頼という二つのレイヤーがあると考えます。信頼に対しての課金は、とてもわかりやすい指標です。個別のメディアに関してはすでに信頼を醸成して課金者を増やすという戦略は見えてきています。この数年さまざまなレポートが出ていますし、ニューヨークタイムズの大成功もあり、ワシントンポスト、フィナンシャルタイムズ、北欧の新聞社もさらに課金を伸ばしています。 そこで感じるのが、各メディアにおいては信頼獲得の技術や手法が進化している一方で、ジャーナリズム業界全体に対する信頼に関しては、まだ全然何も分かっていないということです。一部のメディアが信頼を獲得している現在の状況は、結果として信頼できるメディアに課金して情報を得る人たちとそうではない人たちのギャップを埋めるどころか、さらなる分断を生むことにもつながるのではないでしょうか。

・トフ
特にサブスクリプションという定額モデルは、ほかのメディア組織と差別化するための努力なのだと思います。ただ、おっしゃる通り一般のニュースに対して課金して良いという人は全体ではありません。メディアというのは公共サービスですから、やはり幅広い対象に対してリーチをかけなければいけません。私たちが12月に発表する調査報告が「幅と深さ」と言うものです。リーチする対象について、幅を狙うのか深さを狙うのか、信頼を実際のところ誰とどのように醸成したいのか。どういう形で誰にリーチを図って、誰と信頼醸成を図って関係性をつくるのか、これはなかなか難しい問題だと思います。

・ラーマン
忘れていけないのは、ジャーナリズムの金銭的なモデルは、単にニュース機関の独自の活動だけではないということです。例えば一つのニュースサイトがどれだけ高い位置で検索に引っかかるのかなど、プラットフォームの技術的要素に多くの影響を受けています。トフさんが言う「幅が深さか」はすごく良い言葉ですね。今後検討すべき項目だと思いました。

・古田
日本では課金モデルに成功しているメディアがまだほとんどありません。では課金に成功しなかったらどうなるのかを考える際に出てくるのが、山本先生が指摘された「アテンションエコノミー」です。課金が成功しなければ、多くの広告収入を得るしかありません。10年前に欧米で議論されていたような PV(ページビュー)モデルが、今の日本では主流の議論になっています。先ほど言及された「深さか幅か」と言う議論が、日本においては違う形で発生していることを感じています。

・トフ
古田さんがおっしゃるように、地方紙は非常に苦しんでいます。購読者、有料購読者を獲得するのに困っています。オーディエンスのフラグメント化が進んでいます。私もまだわからない点なのですが、信頼は重要な要素であるものの信頼だけでなんとかなることでもないのでしょう。

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・ラーマン
アテンションエコノミーに関しては、前提を見直す必要があります。私たちとベンジャミンさんのリサーチで出ている言葉が「不安」です。暴力的であったり激しいディベートで社会の分裂を煽ったりするような「エモーショナルなコンテンツ」にユーザーがさらされているのです。アテンションエコノミーを追求すると対立や分断を煽ることになってしまいますが、アテンションエコノミー自体が悪いわけではありません。これを私たちにとって良いものにするに私たちには何ができるのか、と考えた方がいいでしょう。

・熊田
Trustマーク自体が分断の象徴のようになってしまわないかという懸念があるのですが、どう考えておられますか。

・ラーマン
信頼指標というのは8つの基準をクリアしたものです。ユーザーが報道の信頼を考えるときにどういった視点で見ているのかを8つの指標で示しています。つまり、私たちが承認を与えているわけではありません。私たちが良し悪しを判断しているのではなく、精度や正確度、透明性といった一般社会の声に対してtrustマークを持つ報道機関はちゃんと応えて誠実に報道している、と言うことを指し示しています。

また、その国のメディアが持つ伝統に対して、どのような信頼指標が適用できるのか、私たちは考えています。おっしゃる点は私たちも懸念していますが、今までのところさまざまな国で使えるような指標を導き出すことができています。

・トフ
ラベルがあるということで自分勝手に解釈してしまうユーザーもいます。一方でラベルがないと全部のっぺりとフラットに見えてしまうので、ラベルがあることのポジティブな面もありますね。

・熊田
例えば「ロシア政府公認信頼ニュースマーク」が発行されるようになったら、なかなか解消が難しいということになるのでしょうか。

・ラーマン
また、強力な政府の影響力を持った報道は、例えどの国で報道しようとも私たちとしては認められません。過去にはロシア側の報道機関をお断りしたことがあります。

・トフ
信頼の醸成に話が偏りがちですが、あまりにも信頼があり過ぎても問題になります。主要な報道があまりにも一つの情報に過剰依存していないかということです。意思決定の際にはきちんとした判断基準を持ってほしいと思うものの、では高い信頼が必ずしもいいかというと、そうではない国もあるわけです。情報源がそれだけの信頼を勝ち得るに足りるかということも、同時に考えねばならないと思います。


6:まとめ

最後に、シンポジウムで登壇した各人からシンポジウムを総括してのコメントを頂戴した。

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・ラーマン
信頼指標はやはり、市民のニーズに対応していなければいけないものです。そしてジャーナリズムをつなぐという役割も持ち合わせます。今後さらにグローバルに使えるツールになって欲しいと願っています。また、私たちはジャーナリストの視点を持って、プラットフォームと協力しています。情報発信においてプラットフォームの役割が大きいからです。私たちは継続的に、プラットフォーム上で人々が報道にどう反応しているかを見ていかなければなりません。

最後に、一般の人の声を聞く際には上から目線ではいけません。信頼を広く醸成するには、この点が重要だと考えています。

・トフ
やはり重要だと思うのは「Engagement(関与)」の役割です。報道機関がユーザーと繋がりを持ち、そして関係をつくっていくということです。最終的には信頼され得る関係の根幹であると思います。課題に対して一つの解決策で全て解決できるわけではありません。いろんなトレードオフがありいろんな環境があり、どのような取り組みがどのオーディエンスに適しているのか、それぞれ違う解があるのだと思います。

また、プラットフォームがこの構造的な問題の解決につながるのではないかとニュース業界は認識しています。人々がオンラインで過ごす時間が長いということはプラットフォーム上にいる時間も長くなるわけですし、若い人たちにリーチもできます。もちろんマイナス面もあることは、すでにこれまで皆さんからもお話があったとおりです。しかしながら何かしらのEngagementを探すのが、プラットフォーム上でもプラットフォーム外でも一つの解決策の糸口になることは確かだと思っています。

・古田
魔法の杖はないので、今日議論されたことは全てやる必要があると思っています。中でも印象深かったのは、ラーマンさんが指摘した「アテンションエコノミーの見直し」です。重要かつ今すぐにでもできることですから。

読者や現代の社会状況をきちんと理解した上で、これまでのジャーナリズムに則ったような構成で社会の課題に光を当てたり、この社会の進むべき方向性を示すようなコンテンツを出したりしていくことが重要ではないかと思います。それはつまりジャーナリストが仕事としてやりたいことそのものであり、それをすることによって信頼を獲得できるのではないかと思います。

・熊田
デジタルネイティブの振る舞いを見ていると、今ほどニュースが大量に消費されているところはないと思っていて、その中で情報をかぎ分ける嗅覚を身につけてきていると思っています。ただ、非常にフィルターバブルに陥りやすい仕組みでもあるので、そこは心配しています。同時にニュースやジャーナリズムそのものが、もしかしたらこれから解体されて変わっていくことが始まるのかもしれないなということを感じています。

・若江
信頼のラベル付けには、ラベルのついたメディアを信頼してもらう効果はあるかもしれませんが、それだけだとメディア全体の信頼を失っている状態は解消されないような気がしています。ヤフコメに溢れているようなメディア批判がそれで減るとは思えません。信頼回復には正しい取材を重ねていくしかありませんが、現代においてはやはりアテンションエコノミーやフィルターバブルへの対策も大切なのではないかなと思っています。既存のマスメディアでも今からでもできると思っています。怒りを持って離れてしまった人たちを再び取り込むための努力をすべきではないかと感じています。

・関
信頼を獲得するにあたっては、やはり独りよがりではいけないと思います。なので、メディアの信頼を考える今回のようなシンポジウムに私のような市民側のコミュニティから参加させていただけたということが、非常に良い兆候ではないかと思っています。これをきっかけに今回のような対話の場がいろんなところで設けられ、一方的な形ではなく参加型の対話が生まれていけば、いい流れになるのではないかなと感じました。引き続きご協力させていただければと思います。

・山本
先ほど「インフォメーションヘルス」についてお話をしました。摂取する情報は我々の精神を作り、民主主義を作ると言えるでしょう。つまり、デジタル社会ではどういう情報を我々が摂取するのかが、非常に重要な課題になると感じています。だからこそ、摂取の際の指標付けが求められるのでしょう。

その上で指標をつける基準をどう決め、指標をつける組織の信頼をどう獲得して行くのか。この部分に関してはコミュニケーションを領域横断的に、市民を巻き込んだ形で行うのが重要だろうと思いますし、ラーマンさんやトフさんたちとよりグローバルな議論を重ねることが重要だろうと思います。KGRI副所長としても、今後ともグローバルな連携が図れればと思っています。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

・松本
今回の議論で、デジタル時代においてメディアと信頼を構築できるかというとてもハードルの高い問題について、一歩でも半歩でも解決に向かっていけると予感させるような、幾筋かの光が見えて来たような気がしています。ただその光はまだ脆弱で、この光を今後もっと太く豊かなものにできるかどうかは、私たちひとりひとりのこれからのコミットメントにかかっているように思います。ゲストの皆様、本日は貴重なお話をありがとうございました。 今後は舞台を地方に移して、各地方で格闘を続けておられるメディアの方々などにも議論に加わってもらいながら、日本における信頼指標のあり方やその実現可能性について考えを深めていきたいと思います。皆様方のエンゲージメントをよろしくお願いいたします。

【注釈表記】
2022年5月18日 オンライン・同時通訳にて実施
※所属・職位は実施当時のものです。