ニュース

【対談】ー研究の新しい未来を切り拓くー駒村圭吾(KGRI初代所長)/安井正人(KGRI新所長)

2019.01.31

2_talk_1_top.jpg
KGRI 初代所長(2016.11.1~2018.9.30):駒村圭吾(常任理事・法学部教授)

1_talk_1_top.jpg
KGRI 新所長(2018.10.1~):安井正人(医学部教授)


3つの使命を持って立ち上げた、慶應独自の研究拠点KGRI


駒村:安井先生、2018年の10月からの新所長就任おめでとうございます。私はKGRI創設メンバーの一人として、また、初代所長として、2016年から2年間KGRIを率いてきました。読者のためにも,簡単に経歴を述べておきます。

慶應義塾大学法学部法律学科と同大学院法学研究科を経て、現在は法学部とロースクールで憲法を教えています。慶應には2003年に戻ってまいりまして、その後、2年ほどアメリカに留学した後、慶應義塾高等学校の校長を拝命したあたりから、学部の枠を超え、一貫校を含む義塾全体の教育に関心をもつようになりました。高等学校校長を経て、常任理事を拝命し、総務・法務・広報・塾員・学生生活等を担当させていただき、義塾の研究教育活動を裏から支える仕事をしてまいりました。一昨年からKGRI所長となり、今度は「研究」、それも文理融合研究の最前線を与ることになり、法律学というタコツボ・ディシプリンの代表のような学問をしてきた者には、目からウロコの経験をさせていただいております。このあたりでバトンをタッチしますか。安井先生からも自己紹介をお願いいたします。


安井:この10月から駒村初代所長から引き継ぎまして、第2代目の所長を拝命しました医学部の安井正人です。私は医学部の薬理学教室の教授で、医学の基礎研究に所属しております。元々は小児科医で、現在も細々と小児科医も続けております。

簡単に経歴を述べさせていただきますと、慶應義塾大学医学部を卒業後、聖路加国際病院で研修医、東京女子医科大学母子総合医療センター助手を経て、スウェーデン王国カロリンスカ研究所に留学しました。カロリンスカで大学院(博士課程)を修了後、米国ジョンズ・ホプキンス大学医学部で8年間研究活動を行い、2006年に慶應に戻って参りました。元々は1年間の留学予定でしたが、欧州の大学の尊厳に触れ、学問の深さや教育の重みに圧倒され、気づいてみたら13年間を海外で過ごすことになっていました。自身の欧米での研究・教育生活を糧に、できるだけ若い学生さんに海外に出る機会を提供するなど、医学部の中では国際交流に尽力してまいりました。しかし一方で、慶應義塾大学全体として国際連携や研究といったことに直接携わる機会はあまりありませんでした。今回このような機会を頂戴して、全塾的に研究力、あるいは国際競争力を高めていくことを目的としているKGRIの所長を拝命したことに大変やりがいを感じております。

駒村先生の方からKGRIの仕掛け人は自分だということをお伺いして、どういう背景でこのKGRIが立ち上がったのか、その経緯を教えていただけますでしょうか。

3_talk_1.JPG

駒村:「仕掛け人の一人であった」というのが正確です。清家篤前塾長の時にスーパーグローバル大学創成事業(SG)がスタートして、それに先立ち、清家塾長が「慶應は今後とも国際的な"研究大学"として立っていく」ことを宣言されたんですね。 義塾に展開する研究を「長寿(longevity)」「安全(security)」「創造(creativity)」3つのクラスターに分類して、これを一つの概念的なドライビング・フォースとしてリサーチフロントを開拓していくことを決定された。

その過程において、「各キャンパスで実施されている多様な研究プロジェクトを単に概念上整理するだけではもったいないのではないか?この研究成果をひとつのショーケースに納めて、外部に発信していく、そういう拠点が必要なんじゃないか」という話をSG担当の國領二郎常任理事と顔を合わせるたびにしておりました。当時、私は常任理事であると同時に、G-SEC(グローバル・セキュリティ研究所)の所長を竹中平蔵教授から引き継いでいたところでした。國領理事とのおしゃべりに端を発した構想が、常務会において、このG-SECを発展的に改組してSGとつなげてはどうかということになり、その結果、生まれたのがKGRIなんです。


安井:清家前塾長のお考えの元、研究を推進していく拠点を持ったということは研究者としてはもちろん、学生にとっても非常に価値のあることですね。また、「長寿(longevity)」「安全(security)」「創造(creativity)」の3つのテーマは、現在人類が抱えている問題を解決する上で最も重要な研究課題になっていると思います。


駒村: KGRIにはいくつか使命がありますが大きく分けると3つです。

1つ目は先程申した3つのクラスターにそれぞれ研究プロジェクトを立ち上げ、それを元に慶應の内外の研究者を多く集め、自由で多彩な活動をしていただきその成果を国内外に発信すること。2つ目は文理融合と領域横断を目指す新たな学問領域の開拓です。理系と人文社会科学系の融合研究が代表的ですね。融合という意味は、単に学問的な融合だけではありません。学部を超えて、もっと言えばキャンパスをも超えて慶應の研究者が集える場所を作る。そして、それにインスパイアされた将来の研究者予備軍が集まれる場所の提供です。3つ目は、研究の成果を英語で世界に発信することです。さきほど述べました3つのクラスターは、単なる概念上の区分ではなく、新たな研究地平を「可視化する」ための一つの枠組みです。KGRIでは、有為な研究を行っている研究プロジェクトには、成果を何らかの形で英語で公表していただくことを前提に、その成果を海外で発表したり、また、新たな国際連携を構築するために海外でイベントをされるような場合に、毎年かなりの数の研究者をフライト代から宿泊代までを含めて支援する「キャラバン」という事業を行ってきました。

4_talk_1.JPG

立ち上げ以後、私が在任したこの2年間の間、当初構想にあった基本的プラットフォームをとりあえず動くようにはできたと思っています。経常費からの研究費約1億円のお金を3年間の期限を区切って有為のプロジェクトにお使いいただく。そして3年が終わった段階では独り立ちをしていただくというクラスターのダイナミズムも本年の3月をもって一巡いたしました。今般4月から第2ラウンドということになったわけですが、第1ラウンドが多彩なプロジェクトを数多く緩やかに結び付けていたところ、第2ラウンドは「基軸プロジェクト」として各クラスターが一押しのプロジェクトにやや集中して資源投下をするという軌道修正が行われました。当初の構想も逐次変更していくことにKGRIは開かれていると言えるでしょう。

さらに大きな発展は、KGRIが固有のインスティテュートを持つことができるようになったということで、これは非常に大きなことです。プログラミングとサイバーセキュリティの第一人者David Farber博士を「シニア有期」という新しい人事制度のもとで慶應義塾大学教授(Distinguished Professor)としてお迎えしました。また研究成果を論文という形で創出するトップレベルの海外若手研究者を特任助教として複数採用しています。シニアと若手のシナジーで何が生まれるか、これはKGRIの大きな力になると思っています。

さらに3つのクラスター融合をする一つの領域として、「サイバー文明研究センター:CCRC (Cyber Civilization Research Center)」を立ち上げました。 先ほどのDavid Farber教授とSFCの村井純教授を共同所長としてお迎えして、サイバー技術の実務的な活用を考えるだけでなく、文明史的な視点からこれを捉え直す研究です。市場を根本的に変える可能性や、人間のあり方そのものを再問するというようなレベルで議論を進めていきます。いったいどんなアウトプットが出るのかなとこれから期待しているところです。


安井:私も立ち上げ当初からKGRIの副所長として入らせていただきましたが、この2年間で文理融合研究を推し進める非常に画期的な第一歩を踏み込んだと感じています。実際、研究者の国際色も目立ってきましたし、いくつか文理融合研究の目に見える成果も出てきています。今後より多くの成果を生み出す土壌は確実にできたという印象を持っていますね。


駒村:研究成果とはすこし異なりますが、KGRIを始めてよかったことのひとつに、キャンパスを超えて、また、理系文系の別を超えて、義塾のファカルティが場を共有し、研究の将来を語るトポスが出現したことがあります。このこと自体が私は大きなブレイクスルーになっていると思います。

KGRIでは定期的に「研究者交流会」を開き、お酒を飲みながらお話させていただく機会があります。すると意外な所で同士が見つかったり、「あ、その企業や研究者、僕も知ってるよ」といった話になってみたり。同じ義塾の一員でありながら、接点のなかった者同士が、知り合いになり、そこから生まれる「未知との遭遇」を楽しめるようになったと言いますか(笑)。こんなに知的好奇心を揺さぶられる会はないのではないでしょうか。改めて、慶應が持つ人材の多様性と奥行きを知る思いです。


2年で築いた土壌に種を蒔き、成長していくフェーズへ


駒村:KGRIのプレゼンスを国内外に、また慶應義塾全体にも発信してまいりましたが、必ずしも十分ではなかったという反省があります。安井先生の新体制のもとでは、この発信力をさらに高めるとともに、文理融合研究の質の向上、次世代育成にも積極的に取り組んでいただきたいと考えております。

安井先生はこのあたりどのようにお考えですか。


安井:KGRIの研究において改めて申しますと、これまで細分化して分かれてしまっていた学問を、もう一度お互いの関係性を意識しながら進化させていくことにコミットしたいですね。20世紀における学問は、細分化され、深度が増していく中で進展してきたと考えています。その結果、多くの成果を挙げてきました。その反面、それぞれの専門性が高くなると他の学問のことは理解できない、ということも見受けられるようになりました。この局面を打開するには、同じ視点では超えられない、異なる視点を持った研究者との交流が必須です。そのためにはまず、「関係性のダイナミズム」をしっかり活かしていくための「場」を全塾的にあるいは国内外問わず提供していきたいと考えています。

5_talk_1.JPG

駒村:安井先生のおっしゃった「場」の提供は、研究者達だけに見せるのではなく、大学院生や学部生へ、さらに言えば一貫教育中高生達にも見せていきたいですね。

私自身の自戒の念を込めて申しますと、ファカルティはある意味非常に保守的で、自分のやってきたディシプリンの「内側に閉じこもる力」をどうしても持ちやすいんです。けれども、それでいて同時に文理融合をしなきゃいけない、融合研究をしなきゃいけないという危機感がある。 それをすくい上げていくためにも、次世代の若い諸君が「従来の学問的なカテゴリーとは違う形での融合が必要だ」ということを実際に感じてもらうことが重要ではないでしょうか。ひいてはそのことが10年後20年後に新領域を切り開き、その研究に携わる人材を育成することにもつながるからです。


安井:はい、大学院生のみならず、教養課程の大学生や中・高校生にも参加して頂けるような機会も積極的に作っていきたいと考えております。彼らには、自分の殻を破っていくことで新たな世界が広がり、さらに成長していくという経験を是非積み重ねていってほしいと思いますね。そして、KGRIはそのような環境を提供できる場所として進化し続けなければなりません。

そのためにも資金繰りといいますか、資金調達も今後の重要な課題の一つと考えています。駒村先生はどのように考えていらっしゃいますか。


駒村:資金調達も極めて重要な問題ですね。自分が取り組んでいる研究にどのように研究費を取ってくるのか。どういう風にサポートしていただける人達を配置するのか、これは基本的には法人や学部長等部門責任者の仕事ではありますが、ぜひ個々の研究者にも関心をお持ちいただきたいところです。 研究を商品化するというと言いすぎかもしれませんが、マネジメントするスキルはこの先求められると思います。


安井:おっしゃる通りで、特に分野の違う研究者が集まって、大きなプロジェクトに発展させていくためには、マネジメント力がより問われてくると思います。 KGRIもその辺をきちんと意識してなおかつマネジメント力を発揮しながらいい研究をどんどん吸い上げて、教員の方々が「こんな研究拠点があるのだったら自分も参加してみたい」と思うような魅力のある場として発展していくことが私に課せられた使命だと認識しています。最初は小さくても良いからいくつかの成功例を生み出し、それをしっかり伝えていくことで共鳴現象が起きて、課題解決のためのより大きなうねりが生じるようなことが次のフェーズに求められていると思います。


学内に求心力を持ち、研究の質の向上へ


安井:最後にKGRIの今後の課題及びチャレンジについて、駒村先生と自由に語り合ってみたいと思うのですが。


駒村:一番大きな課題は、学内における求心力を作ることではないでしょうか。 KGRIの活動そのものが学内に浸透しきっているとは言えません。我々が研究の勢いを糾合できるような台風の目になっているとは言えない現状です。

その理由の1つがクラスターの研究期間が3年間で一区切りという形になっていることです。資源配分のメリハリをつける意味ではよいのですが、逆に言いますとその3年間、我々KGRIが学内に提供できるリソースは固定化されてしまい、求心力が生まれなくなる可能性があります。これをどのように改良していくのか。その方法の1つがCCRC(サイバー文明研究センター)のようなこれから大きく伸びそうな、あるいは社会的ニーズや期待に応えられるものに集中して研究を成長させていくことが考えられるのではないでしょうか。 大きな1つの研究の塊として成長させるために、個別プロジェクトの核となるものを育てていただけるよう、各クラスターリーダーにご苦労いただいて3年間の研究プロジェクトを動かしていくことが必要になると思います。

その意味で、KGRIの活動のひとつとして、KGRI内インスティテュートを作っていくための育成機関として位置付けていただくことが重要になるでしょう。 そのような基軸的な研究拠点が出てきた段階で、キャラバンの資源、助教を採用する資源等々をどんどん集中して投下していただく。3年間の助成期間はそのようにお使いいただくのが可能性のひとつではないでしょうか。KGRIがそのような立場になって研究を推し進めることができたら、学内においても「やってみようかな」という声が生まれてくるのではないかと考えています。

6_talk_1.JPG

安井:駒村先生のおっしゃるようにKGRI自体がまだ過渡期というか途中段階でして、慶應の中での認知度も正直高いとは言えないですね。 私としましては求心力を高めるためには、例えば学内で行われている教授会、あるいは研究会などの機会に自らが出て行って「こういう活動をしています」という地道な広報活動も必要だと考えています。と同時にグローバルな広報活動も重要です。

最近、KGRIのキャラバン活動の一環として、経済学部、理工学部、医学部の先生方と一緒にドイツのケルン大学やフランスのグルノーブル研究所を訪問しました。その成果として、この秋早速、ケルン―慶應の共同作業で文系理系が一体となった大学院の遠隔講義シリーズ(12コマ)がスタートしました。慶應としても複数の研究科が一緒に海外の大学と連携して単位科目の講義を行うという初めての試みでしたが、学生の評判も非常によく、今後も是非続けていきたいと考えています。また、医工連携が中心となりグルノーブル研究所と共同特許出願を想定した研究プロジェクトもスタートしました。さらには共同でベンチャーを立ち上げるといった取り組みも少しずつ進み始めてきています。

このように複数の学部・研究科の先生方と一緒に出かけて行ったことで、グローバルな学際的研究が急速に広まりつつあります。これこそが慶應ならではの総合大学の強みなのではないか、と率直に思いますね。そして、慶應の学部間での活発な情報共有、あるいは意見交換を通して横のつながりが太くなる、と言うよりもむしろ隔たりがほとんどないところまで高められるのが理想だと思っています。そして、こうした取り組みの成果が少しずつ増えていき、具体的な成功イメージを皆が共有することができたら、一気にKGRIの求心力も高まっていくのではないかと期待しています。


駒村:教授陣は三田・日吉・信濃町・矢上・SFC・芝・シティキャンパス等それぞれの看板を背負っているといいますか、「自分達のリソースを良く見せたい」という競争心があると思っています。それがすごく良くて、その中からお互い提供できるものを組み合わせたらこんなに面白くなるんだ、といういわば化学変化もこの先期待しています。

11月にハーヴァード大学の新総長就任式があり、塾長の名代で出席いたしました。祝典に先立ち、キャンパス内にある劇場で、ハーヴァードの10の大学院から代表の教員が一名10分で研究の最前線をプレゼンするという企画があり、出席しました。さすがに、刺激的で自分たちの研究プロジェクトを魅力的に見せることに成功しており、ありていに言えば、コマーシャライズされておりました(笑)。

ふりかえって、KGRIのこのところの研究者交流会、とりわけ近時信濃町でおこなったときのプレゼンやCCRCのキックオフなどを拝見しておりますと、まったく負けている気がしません(笑)。 「僕たちはなかなかいけてるじゃないか!」というポテンシャルに改めて気づいていただき、ぜひ慶應自らを一つのベンチマークにしていくという意気込みで、安井先生にはこの先KGRIを率いて頑張っていただきたいなと思っています。もちろん私は、引き続き運営委員会のメンバーとしてコミットさせていただきます。


安井:ありがとうございます。私も先生が後ろに控えてくださっていると大変心強い限りです。全力を尽くしてKGRIの発展、ひいては慶應の研究力の強化を推し進めていきたいと思います。


7_talk_1.JPG
2018年10月26日 取材